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ヒルデガルト研究会

12世紀ドイツの女性神秘家ヒルデガルト・フォン・ビンゲンの神学・医学・薬草学・音楽についての研究

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2015年第1回ヒルデガルト・セミナー(前半部) 
(2015・1・31~2・1 at 鴨川)
ヒルデガルト

12世紀の自然学と自然観
Liber subtilitatum diversarum naturarum creaturarum
『被造物の種々の精妙なる本性に関する書』
1)『単純医学[治療術]の書』(Liber simplicis medicinae):『自然学』(Physica)
2)『複合医学[治療術]の書』(Liber compositae medicinae):『病因と治療』(Causae et Curae)

問題意識の所在
①「ヒルデガルトの自然学はどこにその源泉をもつのか」(ゴスマン「ビンゲンのヒルデガルトの自然理解」)
●ヒルデガルトのオリジナリティ
――神の啓示によるヒルデガルトの「自然学」は、自然学とよぶことができるのか。
あるいは12世紀自然学の中でどのような位置に立つのか。
②ヒルデガルト、あるいは中世の人々にとって自然とは何か。わたしたちが思う自然と、どのように違うのか。


Ⅰ 12世紀の自然学

BC2――0―――――5C―――――10C――12C―13C――――――――21C

A)『中世の自然学』(エドワード・グラント/みすず書房)
①ギリシャ哲学・科学が西暦前2~1世紀の間にローマ世界に浸透した時代から現代に至るまでのうち、ほぼ西暦500年から1000年頃までの間、西ヨーロッパの科学が低迷を極めたのは疑いえない事実である。(3P)
②この低迷の背景には、ゲルマン人の侵入(4~5世紀)・西ローマ帝国の滅亡(476年)という時代背景と、392年のキリスト教国教化以降、ひたすら来世での救済を追い求め、自然界を軽視する傾向に拍車をかけたのだった。名誉や栄光は、もはや自然現象の科学的解明にはなく、普遍的な教会の諸目的の追求の方にあった。(6P~8P要約)
③「善き生活を送り、宇宙を正しく理解するためにも、ギリシャ以来の自由四学科は有用である」としていたアウグスティヌス(354~430年)も、死の数年前には「理論的諸科学と機械論的技芸は、キリスト教徒にはまったく無用である」と結論するに至り、それが長く影響を及ぼした。(異教の学問のもつ潜在的な危険性への懸念と危惧)(11P)
④科学の低迷期において「自然学」は「百科全書」「便覧書」「語源論」などの形をとる。
「アラビア人は8世紀と9世紀の間に手に入れた膨大なギリシャ科学の文献をアラビヤ語に翻訳し、この遺産をいっそう豊かなものにしていたが、西洋には初歩的な百科全書的な科学しか存在しなかった」(『中世の自然学』25P要約)

B) 「事物の本性について」⇒Liber subtilitatum diverarum naturarum creaturarum
(参考:鈴木道也「ヨーロッパにおける中世的自然観の解明に向けて―中世百科全書を手がかりに」)
① 7世紀前半:セビリアのイシドルス『語源論』
② 9世紀前半:ラバヌス・マルヌス『事物の本性について』(De rerum naturis)
③ 12世紀(1125年から1200年までの間に)洪水のようにギリシャ・アラビア科学の重要なものがラテン語に翻訳された。
13世紀全体はほぼこの咀嚼期間であった。(グラント34P)
④ 中世百科全書は13世紀に黄金期を迎える。
1) 13世紀初頭:アレキサンダー・ネッカム『事物の本性について、そしてコヘレトの言葉』に関して』(Liber de naturis rerum et Ecclesiastes)
2) 1220~30年頃:アルノルドゥス・サクソ『事物の精華について』(De floribus rerum naturalium) 
3) 1235年頃:イングランドのバーソロミュー『事物の性質について』(De proprietatibus rerum:19書1230章)
●聖書に登場する事物や地名について逐一解説するという百科事典的記述で、ヒポクラテス等ギリシャ文献、コンスタンス・アフリカスヌの翻訳によるイスラム文献、ヘブライ系自然科学者の著作などからの引用により著述。
4) 13世紀中葉:トマ・ド・カンタヴレ『事物の本性について』(20書)
1人体の造り 2魂とその力 3 怪物 4 四足動物 5 鳥類 6 海獣 7 魚類 
8 蛇 9 虫 10 樹木全般 11 栽培された木 12 ハーブとその医学的利用 13 泉 14 宝石とその力 15 七つの金属(金・銀・鉄・銅・錫・鉛・水銀) 
16 大気:7つの地域・大気の湿度 17 天体と七つの惑星 18 天気 19 元素
20 星と惑星、食(後世の追加)
●世界の事物について百科事典的な説明を施しながら、個々の存在がどのような道徳的意味をもっているかに、数多く言及している。
5) ヴァンサン・ド・ボーヴェ(1190-1264)は中世最大の百科事典『大いなる鑑』(Speculum Maius)を編纂。第1部『自然の鏡』(Speculum Naturale)全32書は当時としては例外的に創世記の記述順に記述されている。
●『病因と治療』の記述順は創世記のままではない。
⑤ 総じていえば中世百科全書は、「同時代の自然科学的知識をキリスト教的に解釈し実践する実用書」(鈴木道也)
●喩えとイエス
⑥ 二重真理―「哲学的証明が信仰の教理に反する場合は、信仰教義を優先する」という誓約(1272年パリ大学学芸学部の教授たち 同上46P)
⑦ 「15世紀前半までにアリストテレス的な世界観に基礎づけられた中世のスコラ科学が全面的に開花する。」(グラント34P)


Ⅱ ヒルデガルトと同時代の自然哲学
●12世紀自然学での中でのヒルデガルトの位置―シャルトル学派とサンヴィクトール学派
―「12世紀の神学的関心の中心は天地創造の神学的解明にある」といわれる時代にあってヒルデガルトの自然学はどこまで独自的なのか。

A シャルトル学派と新プラトン主義
●自然学を通して神に近づこうとした人々
①「プラトン『ティマイオス』がシャルトルの新プラトン主義者たちによって熱心に研究され、宇宙の構造を説明するのに用いられた」(グラント28P)
②「『ティマイオス』と『創世記』の親近性に気づいたのはこの学派が初めてではないが、救い主としての神よりも、創造主としての神に興味を抱くシャルトルの人々にとって「自然的正義すなわち世界の創造」(『ティマイオス』注解)を内容とするこのプラトンの著作は格好の典拠となった。」(大谷啓治「12世紀のプラトニズム」)
③ プラトニズムがアリストテレス自然学導入以前に、自然学の学問的研究を担ったということは、おどろくべきことである」(「12世紀のプラトニズム」大谷啓治169P)
④「人間が神について自然学的に哲学している」(サン・ティエリのギヨーム『コンシュのギヨームの誤謬について』166P大谷啓治)

a)コンシュのギヨーム
(1090-1154『宇宙の哲学』『プラトン・ティマイオス逐語的注釈』『ドラグマティコン』)
① プラトンが宇宙の構成を人間の心身関係と対比させながら提起した「宇宙霊魂」は、プラトンにあっては広義の生命体全般を統御する原理であるが、ギヨームはそれを「一種の聖霊の基づくものである」(『宇宙の哲学』第1巻四)とし、「聖霊」と同一視した。
② だがのちの発行になる『ドラグマティコン』においては「世界霊魂」の節自体が削除されているが、これは三位一体の教義に抵触し、異端嫌疑をかけられることを恐れたためだけでなく、「世界霊魂」という概念自身を必要としなくなるほどに自然学的説明を徹底させていったと見ることができる」(同書解説275P要約)
③ 世界の事物の原因は四つ、動力因すなわち神、形相因すなわち神の英知、目的因すなわち神の善性、質料因すなわち四元素(温―冷 乾―湿)である。・・・これら四原因からすべての物体的実体は存在する。」(大谷167P)
④ 元素とはそれ自身にもはや部分がないものをいう。火・空気・水・土はその意味で元素ではない。」『宇宙の哲学』(296P)
●アリストテレスに同じ
⑤ 創造主の業は、諸元素や諸精神のように材料のない第一の創造か、処女懐胎のような、通常自然界ではおきえない奇跡的なことがらである。質料因である4元素の創造までが神の働きである。自然は第二原因によって造られた。(大谷168P)
⑥「自然の働きとは、種子あるいは芽から、類似したものから類似したものが生まれることである。自然とは事物に内在し、類似のものから類似のものを作り出す力である」(『ティマイオス注解』421P)
補1:「天空の水」は不合理である。
補2:「神が最初の男性の肋骨からとったということを文字通り信じるべきではない。」(『宇宙の哲学』310P)

b) シャルトルのティエリ 『六日の業に関する論考』(『中世思想原典集成8』シャルトル学派)
①ブルターニュ生まれ。「プラトンの再来」と呼ばれ12世紀ヨーロッパ最高の哲学者。
「自然学に従い、(創世記を)字義どおりに解釈し、聖なる博士らによる比喩的・道徳的解釈はまったく見ずにおく」(本文冒頭444P)
② プラトンの論じた宇宙魂は、ギヨームと同じくキリスト教における聖霊であるとした。
●だがこれは1140年サンスの教会会議でアベラールの排斥された命題の一つであった。
④ 四元素は「天地」の名でよばれる。四元素は無から創造された。
この四元素(火・空気・水・土)が、それ以降、おのおのの本性に従って運動を行いつつ、
天、地、太陽、星、生物などを形成していく。
⑤ 神の創造の業は原初の質料(四元素)に限定されており、自然界の形成に関しては、火がいわば工作者として働く。自然の展開は完全に自律的であり、自然学上の原理によってのみ合理的に説明される。(440~441P 訳者井澤清解説の項要約)
⑥ その具体的展開:「星が創造されて、大空で運動を始めると、それらの運動から熱が増大し、生命を与えるほどの熱にいたって、初めに水の中に、すなわち土よりも上位の元素の中に留まった。そしてそこから水に棲む動物と鳥とが創造された。一方、湿気を媒介として、その生命の熱は当然地上のものにまで至り、それから陸に棲む動物が創造された。それらの数の中の一つとして、人間は神にかたどり、神に似せて造られた。」
●生命を一種の熱エネルギーとして理解する、進化論を思わせる創造論⇒創世記通り
補1:第一日目の光:上位元素、つまり火の第一の周回によって空気中に生じた照明」のことである。」(447P)

c) ベルナルドゥス・シルヴェストリス 『コスモグラフィア(世界形状誌)』
(『中世思想原典集成8』シャルトル学派)
① 創世記「天地創造の六日間」を、『ティマオイオス』を手掛かりにプラトン主義的宇宙観に基づいて解説したもの。「自然」を擬人化した天界
② 事物の生命たる宇宙霊魂はヌースから流出したものである。永遠に神的意思を宿すヌースは、宇宙霊魂に対し永遠の範型(イデア)から受けて抱いた像を告げ、宇宙霊魂はそれを自然(ナトゥーラ)に刻印する。
③ 神が宇宙を創造する際の質料は、無から創造されたのではなく、『ティマイオス』に従い、宇宙に先立って存在した混沌と解している。
④ 原初の質料が混沌として混乱していることを嘆くナトゥーラの願いを聞き入れたヌースは四元素を相互に分離させ、天に天使の九階級を置き、天蓋に星を据え、十二宮を設け、四つの風を異なった方向に置く。これに生物の創造と宇宙の中心への地球の配置が続く。(490p慷慨)
⑤ ヌースは世界創造に携わってこれを完成させたのち、自らの働きを完成させるために、ナトゥーラに命じて「ミクロコスモス」たる人間を創造し、世界を完成させるように命じる。
ヌースはいう。「わが胎の至福なる豊穣ナトゥーラ、神意の娘よ。あなたは宇宙と諸物に神意を反映させることを怠っていない。」(494P)
●ヒルデガルト女性性神学との共通性
このナトゥーラに協力するのが、諸星辰の女王ウラニアと、万物を経験豊かに知り尽くした女性フュシスである。フュシスは四元素の残りの部分で人間を作り、頭から始めて創造を四肢に及ぼし、最後に両足を作ってその業を完成させる。(490~491P)
●脳・心臓・肝臓はプラトン三霊説に同じ。

B サン・ヴィクトル学派とアウグスティヌス
(⇒内容詳細はⅢ 12世紀の自然観(natura)
●観想を通して神と合一することを願った人たち
①サン・ヴィクトルのフーゴを鏑矢とする偽ディオニシオス・アレオパギタの研究を通して、アウグスティヌスの修道戒律に則り、キリスト教霊性刷新運動に努めた。
②フーゴーのシャルトル学派批判:『ディダスカリコン』 
「シャルトル学派は創造を理解するために『ティマイオス』を研究している。創世記の理解は、プラトンを通してではなく、新約聖書の視点からなされねばならない。神の創造は、神の救済の真理を示す新約聖書を基点にして初めて理解される。(「12世紀のプラトニズム―キリスト教神学の自己確認とプラトニズム」中村秀樹131~133p)
●ヒルデガルトとの同一性
●「否定神学の立場から見れば、神を「創造主」と見ることは、神を被造物の側から限定することであり、「一切の無限定の無限定」に反する。」(今 21P)
④観想の目的、したがって人間の生の目的とは人間が神に似たものとなること、神との合一に向かって上昇してゆくことである。その働きにおいて重要なのは神の側からの照明という働きが先立つことである。」(熊田陽一郎「ディオニシウス・アレオパギタ」)
●現生における神体験―神秘的合一

C アリストテレス(参考)
①「自然的存在とは動物やその部分、植物、そして土、火、空気、水のような単純物体のことである。これらの自然物と呼ばれるもののどれをとっても、それぞれ運動変化と静止の始まりを自分自身の内にもっている。自然とは運動と静止の原因が付帯的ではなく直接的、本来的に内蔵しているようなものにおいて、そのものが運動変化したり静止したりすることの原因となっているなにものかにほかならない。」(アリストテレス『自然学』60P)
●「自然とは、自然的存在者における運動と静止の原因である。かくて運動を起こす力としての自然とは、自然物をまさに自然物たらしめているもの、ということになる」(今道232P)
●1210年にサンスの地方教会会議は自然哲学関係のアリストテレスの著作を読むことを禁止し、違反者は破門することを宣言した。・・・アリストテレスの自然哲学的著作には、キリスト教の信仰と教義を揺るがすような見解が含まれていたからである。その代表は次の諸点である。
1)世界の永遠性―神の創造行為の否定
2)個別的偶有性は質料的実体から離れて存在しえない―聖変化の否定
3)自然の進展過程は規則的で不変的である―奇跡の否定
4)霊魂は肉体とともに死滅する―永遠の命の否定
(グラント42~43P要約)


Ⅲ 12世紀の自然観(natura)

プラトン―プロティノス―アウグスティヌス―偽ディオニシオス―エリウゲナ
BC4~5C   3C     4~5C       5C       9C

A natura(自然・本性)
(「エリウゲナにおける「自然」の形而上学」 今義博/『中世の自然観』所収)
●孕む自然と本性への帰還
①「ナトゥーラ」という新しい概念を哲学体系の中に案出したのは9世紀のエリウゲナ『ペリフュセオン』(Periphyseon「自然について」第一巻「自然区分論」)においてである。(同上3P)
②「あるもの」と「あらぬも」のすべてを含んだ普遍的な名称(genera nomen):
ギリシャ語で「フュシス」と呼ばれ、ラテン語で「ナトゥーラ」と呼ばれるもの
③ エリウゲナ『自然区分論』(De divisione naturae)
1) 創造されず、創造する自然:原因としての神
2) 創造され、創造する自然:神のひとり子(みことば)の中に最初に造られた「始源的原因」・アウグスティヌスの「永遠のイデア」・知(ヌース)
3) 創造され、創造しない自然:天使から質料までの全被造物
4) 創造されず、創造しない自然:すべてもの終わり(目的)
④ ナトゥーラ:自然=「すべてのもの」「全体」「普遍」を意味するomnia,totum,universitatesと同義である。したがって「自然」はuniversalis natura(全体的自然)やuniversa natura(普遍的自然)とも呼びかえられる。
④エリウゲナのnatura―自然概念には、「精神に捉えられぬもの」「あらぬもの」を含んでいる。すなわち「自然」とは、「神」や「あらぬもの」を含んでいるということである。(4P)
⑤ 1)ラテン語エッセンティア(ギリシャ語ウーシア)=ともにその動詞の意味は「ある」
  =すべての被造物の中にあって消滅しえぬもの、普遍・不滅に存在するもの
2) ラテン語ナトゥーラ(ギリシャ語フュシス)=ともにその動詞の意味は「生まれる」
  =生成によって存在する可変的なもの
⑥ナトゥーラ(自然)=エッセンティア(本性)としてしばしば用いられる。
自然=本性=自然本性
⑦だがナトゥーラはエッセンティアと違って可変性をもつ。
⇒エリウゲナの場合、ナトゥーラ(自然)は、始めとしての神から発出し、神へと環帰する、宇宙論的円環運動の中にある。その発出と環帰は、神による被造物の創造と救済を意味する。
●人類の歴史は救済の歴史である。(シッペルゲス)
●「万物は神より出で、神によって成り、神に向かう」(ロマ書11-36)

B 神の顕現(theophania)
1) 自然という神の顕現
① 「聖書と自然は神によって神的真理が書き込まれている二つの「書物」であり、その真理への観想を人間の自然的本性の能力によって行う。自然界のすべてが神を表すものである。
②「全被造物は神の顕現(theophania)としてつかまれる」(⇒これは5世紀ディオニシウス・アレオパギタ『神秘神学』に由来する⇒9世紀エリウゲナ)
③「自然そのものが教師なのだ。自然は黙っているわけではないのだ。」(24P ペリフュセオンⅡ)
④「世界が造られたときから、目に見えない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており、これを通して神を知ることができます」(ロマ書1-20)

2) 自然観想―被造物の自然的本性に響き合う人間の自然的本性
①神への環帰と本来の自己への復帰ということは、元来「将来の生において」起こることであるが、それを今ここに生きる現実の中で、神の恩恵によって実現されうる。(⇒タボル山の変容)
(『エリウゲナにおける「自然」の形而上学』 今義博22P~23P)
② これを実現する道は二ある。聖書と自然界の読解がそれである。固有の意味合いからは、聖書の読解を「神学」(theologia)と言い、自然の読解を「自然観想」(contemplatio)という。
③ 自然本性としての理性は目に見える事物の内に目に見えない真理を見出すが、それは神的真理の観想への出発点である。」(23P)
④ 「人間の認識活動は思考(cogitatio)、黙想(meditatio)、観想(contemplatio)の3つをもつ。人は肉の目、魂の目、霊の目でもってその活動に携わる。」(『サンヴィクトル派』総序 泉冶典15P)
④ 人間は「自然」というnaturaを観ることによって「本性」としてのnatura、すなわちessentiaへ近づく。こうして自然観想は、単なる自然の客観的観察ではなく、本来の自己への帰還を目指す主体的実践である。どの自然現象も、自然を観察する者を神へ、真の自己へと導く教師となる。」
⑤ 自己の外なる観想以上に重要なのは自己の「内なる自然」(natura interior)の観想である。自己の内なる自然(自然的本性)である魂に「神の似姿」という神現はもっともよく反映しているからである。」(24~25P要約)
●ヒルデガルトは、男性神学の観念的傾向と明確に異なり、魂だけでなく肉体性を含めた命の全体を自然本性として見ている。ここにヒルデガルト神学・自然哲学の独自的な特徴がある。(⇒次項との関連で重要)
⑥ 自然観想の内的根拠―「人間は全被造物を内包する要約体である」
「人間は万物の構成要素のすべてを一通り有しているという意味で、全被造物は人間の中にあり、したがって人間という自然(本性)は全世界を小規模に内包している「小宇宙」である」(9P ペリフュセオンⅤ・Ⅳ 今の要約)
●ヒルデガルトのオリジナリティについて
⑦ 『大ベニヤミン』における観想の3階梯(感覚―理性―知性)の中での「理性」は「知性」による観想に至るステップである。
●観想とヒルデガルトの五感

終わりに
●熊田陽一郎「ディオニュシオス・アレオパギーテス」(『新プラトン主義を学ぶ人のために』世界思想社292~293P)

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プロフィール

johanusuda

Author:johanusuda
臼田夜半
鴨川市在住
著作『病という神秘』(教友社)
  『ネロの木靴』(地湧社)
  『聖ヒルデガルトの病因と治療』(ポット出版)
制作『いのちの大切さ』
(文部科学省学習支援ソフト)

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