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ヒルデガルト研究会

12世紀ドイツの女性神秘家ヒルデガルト・フォン・ビンゲンの神学・医学・薬草学・音楽についての研究

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ヒルデガルトと同時代の思想

ヒルデガルトと同時代の思想

●問題意識の所在
ヒルデガルト『病因と治療』は12世紀の思想状況の中でどのような位置にあるのか。
――12世紀における身体性及び理性と霊性をめぐって――

Ⅰ 中世の身体(身体論的な側面からの前回の補足)
●12世紀カトリックの身体(論)はカタリ派と新たに登場する近代人との緊張の中にある。
A) 肉体を穢れとする思想
○ 中世とは、「まず第一に大いなる身体の放棄の時代」というものであった。
「現生に対する軽蔑―これは修道院的精神性のスローガンである―とは、まず身体に対する軽蔑である。」(ル・ゴフ「中世の身体」46P)
ⅰ) 中世期の身体観
① 「体は忌まわしい衣である」(大グレゴリウス 6~7世紀)
「妊娠は罪なしにはなされない」(サン・ヴィクトルのフーゴー 12世紀)
② 「教会は身体に対し、身ぶりの管理によって空間的規律を、禁止の暦によって時間的規律を課するのである。」
―多くの禁忌により「教例集」が多発される―個人告解との関連(⇒M.フーコー)
③ 苦行着の着用・鞭打ち・徹夜祈祷・床の上での睡眠・断食
⇒これらは12世紀以降、キリストの受難を想起するための慣習として信心会が主体となって俗人にも広がる:「快楽の拒絶」
ⅱ) 中世以前のキリスト教的身体観
① 「肉にしたがって生きるなら、あなたがたは死にます」(パウロ「ロマ書」)
―パウロにおける霊肉の分離
② オリゲネス(185-252頃)のようなキリスト教禁欲者たちの「肉体の軽蔑」
:「天の国のために結婚しないものもいる」⇒「天の国のために自ら去勢者になった者もいる」(バルバロ訳マタイ19-12)
③ アウグスティヌスの占める位置(後述⇒Ⅲ)
B) 従属的性としての女性(ヒルデガルトにおける女性性と神の母性の関連から)
①解消不能で男女両性の合意に基づく一夫一婦制という教会モデルの確立:1215年ラテラノ会議)
「夫は妻の身体の支配人であり、その占有権をもっている」
② 中世期は「神が我々にかたどり我々に似せて人を―男と女を創った」(創世記1-26)より「エヴァをアダムの肋骨から創った」(1-21)という解釈を好むようになる。(⇒ⅡAで検討を加える)
C) 恢復する肉体
① ほほ笑みは中世の発明である。
⇒笑いの復権:笑う聖人フランチェスコ(私の友たる体)
―笑いは体の下等な部分から生じる。笑いは口の穢れである。
②「涙の中に中世の謎のすべてがある。」(ミシュレ「中世の身体」104Pより)
●ほほ笑みも涙も身体の全面的な解放に至る過程での中間的な里程である。
③ 頭から心臓へ
12世紀:クレルボーのベルナール「イエスの柔らかなる心臓」:愛の感情の宿る器官
⇒この時期、キリストの傷口は右脇腹から、心臓のある左に移される⇒聖心信仰:「脳死判定」
④ ヒルデガルトにおける胃の特異な位置(③④は次回)
⑤一方における自由恋愛の推奨と愛の発見(「愛、この12世紀の発明品」)
「恋人が愛する女性からなにを得ようと、それが女性の自由意思によって与えられたものでなければ、何の意味もない」(アンドレ・ル・シャプラン『宮廷風恋愛論』)
1) アベラールとエロイーズの往復書簡
2)トロバトゥール/ミンネ/カルミナ・ブラーナなどの音曲のヨーロッパ的な普及
⑥ マリア信仰(クレルボーのベルナールに負うところが大きい)

● まとめにかえて 
①「中世のキリスト教的身体は、抑圧と賛美の間の、卑小化と神聖化との間の緊張、釣り合い、揺れ動きに、全身をくまなく貫かれている。」(ル・ゴフ「中世の身体」13P)
―肉体性を抑圧する教会と、噴出し始める肉体の自然性的叫びの交差する時代としての12世紀
② 忌むべき肉体への侮蔑を通した死の受容は、安易で不自然な方法である。

Ⅱ 創世記の理解―肉体(性)を悪とする聖書的根拠とそれをめぐる12世紀の自然学的な見解
① 光 ② 無から有[物質]の創造 ③ 一日の区切り ④ 水の中に空を造った
⑤ イヴの創造 などなど
● 人間の創造と原罪に関する創世記の3つの記載
①「神はご自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された」(創世記1-27)
②「主なる神はそこで、人を深い眠りに落とされた。人が眠ると、あばら骨の一部を抜き取り、その跡を肉でふさがれた。そして人から抜き取ったあばら骨から女を造り上げられた。」(2-21・22)
③「善悪の知識の木[善と悪を知り分ける木]からは、決して食べてはいけない。食べると必ず死んでしまう。」
中世期は「神が我々にかたどり我々に似せて人を―男と女を創った」より「エヴァをアダムの肋骨から創った」という解釈を好むようになる(ル・ゴフ『中世の身体』)というのは、正しいか?
―一何を罪と呼ぶか?―

A) アウグスティヌス(354-430『創世記逐語的注解』⇒逐語的とは「文字通り」の意)
① 創世記解釈の態度
1)「創世記のすべての叙述はなによりもまず比喩的意味ではなく、文字通りの意味で理解されなければならないということを、ずっと心に留めていた。」(8-2-5)
―『創世記についてマニ教反駁論』では比喩的解釈に頼ってしまった。
2)「自然的事物の大いなる秘密を文字通りに、すなわち歴史的固有性に従って把握されうることを『反駁』ではあえて説明しようとはしなかった。)(『告白』)
●アウグスティヌスにおける創世記の理性的理解(信仰と科学の緊張感をもっていること)
② アダムの創造
1)「人間が神の像に従って造られたのは、人間が理性をもたない動物に優れている点においてであることを我々は理解できる。それは理性とか精神とか英知とか、あるいはその他のより適当な語があれば、その語で呼ばれるものである」(3-20-30)
2)「人間の卓越性は人間がそれによって獣に優っている知性的精神を神が人間に与えて、神は人間を自分の姿に似せて造られたということにある」(6-12-21)
●似姿とは何か?人間と他の動物との区別性は、理性や精神にあるのではなく、霊ではないのか。⇒霊長類:primates⇒テイヤール・ド・シャルダンの「複雑性」と「進化論」について
③ エヴァの創造と女性の従属性
1)「それでは女性が男性の肋骨から造られたという事実は何を意味するのか。男性と女性とを結びつける絆が推奨されるために、そのようになされなければならなかったのだと、信じようではないか。」(9-13-23)
2)「女性も人間として造られた限り、確かに自分の精神と理性的精神をもつものであり、これに関しては女性自身もまた神の像にしたがって造られたというべきである」(3-22-34)
● アウグスティヌスは2重のテキストとはまったく思っていない。
● アウグスティヌスは上記テキストの違いを時間的な継起として理解する。
1.「神が創造したのは、われわれの日にちとは異なりただ一日であり、すべてのものはその日に同時に造られたこと」「被造物の運動とともに時間が始まったこと」
3) 女性が子どもを産むためでなければ他のどんな目的のために男性の助っ人として造られたか私は知らないのである。」(9-5-9)(孤独をまぎらわすのなら、男同士のほうがよい)
4)「女性が夫に主人として服従しなければならなくなったのは女性の本性によるのではなく、女性の咎によるのである。だがもし女性が男性に服従しなければ本性はいっそう腐敗し咎はいっそう増すであろう。」(11-37-50)
⇒パウロ:「男が女から出てきたのではなく、女が男から出てきたのだし、男が女のために造られたのではなく、女が男のために造られたからです。」(1コリント11-12)
「アダムは騙されませんでしたが、女は騙されて、罪を犯してしまいました」(テモテ2-14)
⇒イエス:「天地創造の初めから、神は人を女と男にお造りになった。それゆえ人は父母から離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる」(マルコ10-6)⇒ヒルデガルトの見解
④ 命の木と善悪を知り分ける木―原罪(マニ教⇒カタリ派との関連で)
1)「すべてのものをはなはだ善なるものとして造られた方が、園になにか悪しきものを配置するはずはなく、悪は神の命令に対する人間の違反行為から由来したものである。」「服従の善と不服従の悪との違いを学んだ」(8-6-12)「間違った神の真似、有害な自由という悪」(8-14-31)
2)「第一義的で最大の悪徳は彼が自分の力を、破滅に到る思い上がりへ向かって用いようとすることであり、その悪徳の名前が不服従といわれる」(8-6-12)
●不服従とは何に対する不服従か?自由意思(善悪の知識)と霊性
⑤ 原罪と性
1)「彼らが神の命令を犯すやいなや彼らはすっかり剥ぎ取られ裸になって、自分の目を互いの身体に投げかけて彼らには知られていなかった情欲の動きを感じた。」「彼らの目が開いたというのはこの意味である」(11-31-41)
「彼らの身体は病気や死という条件に冒されるようになった。この条件は獣の肉体にも内在し、このことによって彼らは獣と同じ衝動に支配されることになった。すなわちこの衝動は獣を性交へと駆りたてて、死んだものに後に生まれるものが続いて交代するというわけである。」(11-32-42)
2)「人間の裏切りに直ちに現れた死こそが人間が互いの視線で経験した情欲の原因であった。」(11-35-47)
3)「最初の人間たちが罪を犯す前には魂が何の抵抗もなく、また快楽の熱い欲望もなくて、あたかも肢体をさまざまな仕事のために動かすように、子どもを造るために生殖器官に命令することができたのである、と信じることがどうしてできたないのであろうか」(9-11-18)

●まとめ
1)善悪の木の実⇒罪としての不服従⇒(直ちに現れた)死⇒生殖による命の継続=肉の罪⇒(直ちに同時的な)情欲の惹起=肉の罪 
2)不服従という意思(精神)の背反が肉の罪に集約され、その罪の第一原因を女が負うという罪理解の男性的回路(⇒E)ヒルデガルトと対照)

■ヒルデガルトと同時代の思想家(シャルトル学派を中心として)
B)シャルトルのティエリ(『六日の業に関する論考』)
○ブルターニュ生まれ、生年不詳、1156年以降没。「プラトンの再来」と呼ばれ12世紀ヨーロッパ最高の哲学者と、同時代に認められていた。プラトンの論じた宇宙魂はキリスト教における聖霊であるとした。『ヘプタテウコン(7自由学芸の書)』など。ヒルデガルトと同時代。
①「星が創造されて、大空で運動を始めると、それらの運動から熱が増大し、生命を与えるほどの熱にいたって、初めに水の中に、すなわち土よりも上位の元素の中に留まった。そしてそこから水に棲む動物と鳥とが創造された。そして第五の周回の間隔が第五日と呼ばれたのである。
一方、湿気を媒介として、その生命の熱は当然地上のものにまで至り、それから陸に棲む動物が創造された。それらの数の中の一つとして、人間は神に「かたどり、神に似せて」造られた。」
(十四)
② 「星の運動と熱から水の中に動物の発生が始まった。ところが、水を媒介して、この動物の発生は陸にまで達した。そして物体的なものを創造するこうした方法以外に、天においてであれ地においてであれ、いかなる方法も他の残りのものにはありえなかった。」(十五)
⇒参考『ティマイオス』58P 
「そして全体を構成してしまうと、それを星の数だけの魂に分割し、それぞれの魂をそれぞれの星に割り当て、ちょうど馬車にでも乗せるようにして乗せると、この万有の本来の相(すがた)を示して、彼らに運命として定められた掟を告げたのです。・・・そして、魂はそれぞれにとってしかるべき、それぞれの時間表示の機関(惑星)へと蒔かれ、生けるもののうちでも、敬神の念最も篤きもの(人間)に生まれなければならない。しかし人間の性には二通りあるが、その優れたほうのものは、のちにはまた「男」と呼ばれているであろうような種類のものである。」
③ 火はいわば工作者であり、作出因である。これに対し、土はいわば質料因としての基体因である。一方、中間にある二元素[空気と水]はいわば道具、あるいは最上位[火]の働きが最下位[土]のものに向かって管理される、なにか補助統一的なものである。というのも、過度の火の軽さと法外な土の重さとを、この両者はその介在によって、適度に統合するからである。これらの力と、私が種子的原因と呼ぶ他の力とを、万有の創造主である神は諸元素に差し入れ、釣り合いの取れるように調整して、それら元素の力から時間の順序と温和な気候とが現れ、それらの力によって交互に継起する適当な時間の中で、物体的な被造物が産出されるようにしたのである。(十七)
●(1)神の創造の業は原初の質料[4元素]に限定される。自然の形成には火が工作者として働き、自然の展開の過程は完全に自律的で、自然学上の原理のみによって合理的に説明される。
(2)工作者として働きかけ、秩序づけるのは主の霊である。
(3)世界霊魂とはキリスト教における聖霊のことである。
(4)この世にある実体の原因は作出因である神(父)、形相因である神の知恵(子)、目的因である神の慈愛(聖霊)、質料因の4元素である。この4元素を天地と呼ぶ。

C) コンシュのギヨーム(『宇宙の哲学』⇒『ドラグマティコン』)
○1090-1152頃、ノルマンディー生まれ。シャルトルのベルナールの弟子。異端嫌疑をかけられ、教授職を失う。ノルマンディ公の保護により復権。天文学・気象学・地理学・医学などの広範な科学的知見を人文主義的な古典的教養を結ぶ着ける諸著作を著す。『プラトン・テイマイオス逐語訳注』など。『宇宙の哲学』『ドラグマティコン』の項目立て及びその順序はヒルデガルト『病因と治療』にきわめて類似している。ヒルデガルトと同時代。
① 「このように星を形作る物体は創造されたものであり、それらは火の本性をもっているので、それは自ら運動を始め、この運動によってその下にある空気を温める。だが、空気の媒介によって水が温められ、この温められた水からさまざまな種類の生き物が創造される。
② あるものにおいては火があり余る状態になり、ライオンのような胆汁質の動物が生まれ、土が優勢になれば、牛や驢馬のような黒胆汁質の動物が、水が優勢になれば、豚のような粘液質の動物が生まれる。」
③ 「だが諸元素が均等な仕方で寄り集まった部分から人間の身体は造られ、これが聖書に「神は土の泥から人間を造った」(創2-7)と言われているのが意味していることである。というのも、魂は霊であり、軽く清らかなものであるから、不浄なものから造られるとは考えてはならず、むしろ神から与えられたものと考えなければならない。そのことを、「神は土の泥から人間を形づくり、その顔に生命の息吹を吹き込んだ」と聖書は述べている。こうして、さまざまな黒胆汁質の動物や無数の粘液質や胆汁質の動物が造られたなかで、人間(男)は唯一独自である。」
④ 「だが、たとえ少々欠けるところがあるにしても、均等に近いなんらかの調和を保ったもの、つまり女性の身体が土の泥のようなものから造られたというのはありそうなことである以上、女性は男性のような調和を保っているかという点で、男性と完全に同じでも、完全に異なるものでもない。というのも、もっとも温かい女性といえども、もっとも冷たい男性より冷たいからである。」
「神は女性をアダムの肋骨から造った」(創2:21)と聖書に記されているのは、このことである。というのも、神が最初の男性の肋骨からとったということを文字通り信じるべきではない。」
⑤ (アダムとエヴァだけでなく)「男性も女性も複数造られることが可能であったし、依然として可能であるはずだと主張する者がいるかもしれない。われわれとしては、もし神の意思があれば、それは真実であると言おう。」(3巻13「生き物と人間の創造」)
⑥ (このような見方は神の権能を狭めるものだと反論するものに対して)「もし聖書においてそれらが造られたという事実が語られているものについて、われわれがそれがいかにして造られたかを説明しているのだとすれば、いったいどこでわれわれは聖書に反しているといえようか。」(3-44)
「われわれとして、それ[事物への本性の付与や身体の創造の理由]が見出されうる限り、万物のうちに根拠を求めるべきだと主張する。だが、もし聖書において諾われていることが理解しがたいものであるとき、聖霊と信仰に委ねるべきである。」(3-44)
●「世界霊魂」という概念を必要としなくなるまでに、自然学的説明に徹底してゆく。自然の内発的な展開を神はその創造の時点において自然そのものに組み込むというかたちで、「世界霊魂」という中間的・媒介的概念を不要なものとした。(『宇宙の哲学』神崎繁による解説より)

D) その他の思想家
① ベルナルディス・シルヴェストリス(1100-1160頃)
「大宇宙たる自然は調和した生ける自然で、この生ける自然の秩序を模範として、人間の魂は身体と結合され、大宇宙の調和が小宇宙たる人間に移される。従って人間の自然も秩序ある有機体として健全であり、生殖器官は世代が持続し混沌に戻ることのないよう、死と闘う武器、種を持続するものである」(『宇宙形状詩』)―ヒルデガルトに近似したマクロコスモスとミクロコシモス)
② リールのアラン(1125-1203)
「人間の性本能は人類の維持のための力であり、原罪の結果ではなく、秩序を乱さない限り悪ではない」(『自然の嘆き』この項「12世紀のおける自然」柏木英彦)
③ アンドレ・ル・シャプラン
生没年不詳。学僧で『宮廷風恋愛』(1185?)はトルバトゥールのテーマを理論化しようとしたもの。後に発禁。
「純粋な愛と肉の愛は異なる感情のように見えるだろうが、よく見れば、純粋な愛はその本質において身体の愛に似ており、同じ感情から生じたものと考えることができる。このふたつの愛の本質は同じものだが、それぞれ愛し方が異なるのである」

●まとめにかえて
① のちの近代的合理主義と近代科学の胎動期である12世紀は、物質-自然-肉体を自然学的で自律的な運動によって説明することを通して、霊からの離脱―神からの離陸を開始する時期でもあったのではないか。:霊性と理性をめぐる世紀内振幅としての12世紀は、おずおずと身体性を回復してゆく代償として、「ヤコブの階段」を自らはずし始めた時代ではないか。⇒ホスティア
補足:「12世紀のプラトン的イデア論は、主としてシャルトル学派に代表される。『ティマイオス』の宇宙論は、シャルトルのティエリ『六日間の業』にある天地創造の記述にも現れるが、こういう説は、アリストテレスの自然学の勝利を目の当たりにして、時とともに姿を消した。」
(ハスキンス『12世紀ルネッサンス』283~284)

E) ヒルデガルト(1098-1179『病因と治療』)
①「女は男のために造られた。そして男は女のために造られた。女が男から造られたように、」男も女から造られたのは、生殖の合意に置いて、一方が他方から引き離されないようにするためである。というのは、ひとつの働きにおいて男と女は一つの行いを目指すからである」(SCIVIAS 1-2-12)
② 人類の最初の母は、天空の表象として位置づけられていた。天空の層は、その内部にすべての星を抱いている。それゆえ完全で穢れなきエヴァは、・・・自分の内に、人類というものを保持していた。だが今や、出産は大きな苦痛を伴う。(104 エヴァ)
③ 「もしアダムがエヴァよりも先に罪を犯していたとしたら、原罪はあまりに重く救いようのないものとなり、人間はとてつもなく深く険しい絶望的な状態に陥り、救いを望むことも、救いを望む可能性すらもなかったであろう。だが最初に罪を犯したのはエヴァであったので――女は男より弱いがゆえに、罪からの救いのなさをよりたやすく無効にすることができたのである。」(47 なぜエヴァが先に堕落したのか)
④ (蛇の女への敵意)「悪魔は女の生殖能力に対して最初から憎しみを覚えているからこそ、悪魔は女が子供を産むことがないように女を迫害するのである。」(『生の功徳の書』98)
⑤ 「アダムの罪によって、男の生殖器は有毒な泡に変化し、女の血は危険な浸出物へと変化した。」(60 受胎)
「清らかであった血は別のものとなり、その清らかさは精液という泡を放出するように変質したのである。」(33 アダムの堕落)
⑥ 「女は弱く優しいので精液は持たないが、わずかばかりの水っぽい泡を放出する。・・・男の愛によって女の血は奮い立ち、白というよりはむしろ血を含んで泡のようになった血を男の精液に送る。」「精液はしかるべき場所に落ちたのち、そこにあって冷たくなる。・・・有毒な泡のような状態である。だがやがてそれは血のようになる。」「女の血は精液と結合し、精液に形を与え、精液を温め、血のようにするのである。」(60 受胎)
●月経が不純であるとされる通説とはまったく逆な論調であること。
●アリストテレスとガレノスの精液説の違い⇒ヒルデガルトは女の種の存在については曖昧であるが「血が混じり合う」(68)⇒13世紀アルベルトゥス・マグヌスはアリストテレス説をとる。

●全体のまとめにかえて
① ヒルデガルトが異端として断罪されなかった理由は明瞭である。彼女はたとえばコンシュのギヨームやシルヴェストリスなどよりはずっと中庸であり、穏健であった。
参考:ヒルデガルトの音楽の位置は、正統的なグレゴリオとミンネ・トロバトゥールの中間に位置し、身体性―自然な感受性に満ちているが透明で天上的である。
② ヒルデガルトは少なくともアウグスティヌス[伝統的な教父神学]を基礎に、カタリ派との緊張の中にあって、女性としての肉体性と感受性を通した神学と観察・臨床に裏打ちされた自然学とを「したたかに」調和させようとしたのではないか。(見通し)

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プロフィール

johanusuda

Author:johanusuda
臼田夜半
鴨川市在住
著作『病という神秘』(教友社)
  『ネロの木靴』(地湧社)
  『聖ヒルデガルトの病因と治療』(ポット出版)
制作『いのちの大切さ』
(文部科学省学習支援ソフト)

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