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ヒルデガルト研究会

12世紀ドイツの女性神秘家ヒルデガルト・フォン・ビンゲンの神学・医学・薬草学・音楽についての研究

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2015年第一回「ヒルデガルト・セミナー」

2015年第1回ヒルデガルト・セミナー(後半部
(2015・1・31~2・1 at 鴨川)

『聖ヒルデガルトの病因と治療』逐語的注解

●1150年から1160年の十年をかけて書きつづられた本書はBOOKⅠからBOOKⅤの全5巻からなり、叙述項目の累計は528に及んでいる。
●528項目は528枚の絵画である。その一枚一枚が立ちどまり、観想することを求める。

注解にあたって
「我々の目から不明瞭に遠く離れている事物については、聖書の中においてさえも、・・・さまざまな解釈を可能とするような箇所がある。こうした場合、それらの解釈のうちの一つを急いで断定すれば、より深い真理への道を塞ぐことになる。聖書の解釈を無理やり自分に引き寄せようとすれば、それは聖なる書物の解釈ではなく、自分の解釈に囚われて争うことになる。」(アスグスティヌス『創世記逐語的注解』24P要約)

BOOK  Ⅰ 宇宙と元素

■世界の創造(56P)
宇宙卵

■光 1―ヨハネとの対比
① 冒頭:「世界が造られる以前から神は居られ、そして今も居られる。神に始まりはない。神はかつても、そして今も、光であり、輝きである。神は命である。」
●否定神学における「創造主」の拒否
② これはヨハネ福音書の冒頭――「初めに言(ことば)があった。言(ことば)は神であった。万物は言によってなった。言によらずになったものはなにひとつなかった。言のうちに命があった。命は人間を照らす光であった。」に対応する。
③「わたしたちがイエスから既に聞いていて、あなたがたに伝える知らせとは、神は光であり、神には闇が全く無いということです。」(ヨハネの手紙一1-5)
④ ヨハネが「言」(ロゴス)という語をもって神の枢要―すなわち命を言い表せば、ヒルデガルトは「光」という視覚的な語をもってその命を言い表す。ロゴスという男性的、抽象的響きに対してヒルデガルトの神は視覚的に明快である。神は光であり命―すなわち永遠の命である。この了解は視覚的に具体的であると同時に女性的でもあるが、それはヒルデガルト神学の特徴でもある。だがこれはヒルデガルトの実体験に基づく。この同じ光が、42歳のとき、ヒルデガルトの体を貫き、満たし、神の言葉を預託されたのであるから。光で満たされるというのは、多くの神秘家の経験するところでもある。

■光 2-アウグスティヌス『創世記逐語的注解』における[第一日目の光]
①「神より生まれ、神と等しく永遠であるべき知恵の光」(5P)
●「霊的光」(13P)
②「神の言葉である知恵が不変の光へと転換すれば、かの生命は形相を与えられる」(6P)
⇒「光に照射されなければかの被造物は生命を結ばず、無形相性のために虚無へと陥る」(5P要約)
●「天という名で霊的被造物を指す」(9P)
●アウグスティヌスは「神は天地を造られた」ということばは「神は天使を造られた」と理解し、「光があるように」とは「神が天使を照らした」と理解している。(425P)
●光によって命が形を結ぶという考えはヒルデガルトも同じである。
⇒「神がアダムを創られた時、アダムの造られる土塊(つちくれ)を、神は光輝で照らされた。こうして土塊は、外に手足の輪郭をもち、内に空洞をもつものとして象られた。」(42 アダムの創造)

●閑話休題
光合成細菌の出現(『性と進化の秘密』団まりな )
①「ある時、原核細胞の中に、太陽光のエネルギーを用いて炭酸ガスから有用分子を作り出す光合成細菌が出現した。太陽光も炭酸ガスも地球表面にはふんだんにあるので、光合成細菌は猛烈に繁殖した。
② 彼らは酸素を排出する。この酸素が他の原核細胞を窮地に追い込む。
③ だがやがてこの酸素を有効活用する好気性細菌が現れる。
④ 大型化した原核細胞はこの好気性細菌の一つと協力することで、自分のまわりの酸素濃度を低く抑えることを選択し、この関係を深めて、ついにはこの細菌を自分の中に取り込み合体したと考えられる。
⑤ これが現在のミトコンドリアである。このミトコンドリアの有効な働きにより、細胞は原核細胞の千倍もの大きさに成長するようになる。
⑥ こうなると代謝の仕方自体を変えざるを得なくなり、内部がいくつもの部屋に分れた真核細胞という一段複雑な細胞へと変貌する。
⑦ こうして複雑な細胞、すなわちわたしたち人間へと連なる生物が生み出されてきた。
⑧ 酸素の毒から逃れるための原核細胞の合体は、進化史上ただ一時期だけに起こったことである」(24~32P要約)
●進化と「形相」―神の与えた本性は時間性を含む。

■光3―ヒルデガルトの目撃
①「わたしは見た。輝きの極まりのない火炎のようなものを。それは把握されえず、消滅しえず、全面的に生気に満ち、また全面的な生命として現存し、その内に青白い焔を有している。・・・さらにわたしは見た。焔が光り輝きつつ白熱するのを。そして見よ。突如として圧倒的な大きさの鈍い色の大気の球が出現した。・・・大気の球が出来上がるまでに、天も地も十分に配置されて、光彩を放っていた。続いて、その火炎と煌めきの中で、焔は、大気の球の下にある汚れた大地の、取るに足らない小さな土塊へと自らを伸ばしていった。」(SCIVIAS 77P)
●同時代、新プラトン主義者の思考が天地創造を理解するためには、「一者―知性―霊魂―自然―被造物」という論理的な階層構造を必要としたのに対し、ヒルデガルトの幻視は論理的階梯を超え、天地創造から人間の形成までを一挙に開示する。アウグスティヌス以来、エリウゲナを通り、サンビクトアル派、シャルトル学派に至る男性神学者の問題意識は、質料―物質―自然(物質的宇宙)の創出に集中するが、ヒルデガルトにおける天地創造の中心は、明確に、迷いなく命の創造にある。(77P)
●「万物の制作者知恵」(知恵の書7-22)
②「輝きの極まりない火炎」とは全能の生ける神を表す。
「生けるすべてのものは、生きるということを神自身から受け取るからである。」(79p)
③「圧倒的な大きさの鈍い色の大気の球」―これは不完全さという暗闇の内にある諸事物の素材である。すなわちそれはまだ諸々の被造物の豊饒さによって照らされていないのである。・・・同じ素材から被造物のさまざまな光り輝く種の、それらが生起する驚くべき場にもたらした」(82P)⇒「素材」の項
●創世記「混沌」とは、いわば「形相」をもつ以前の「第一物質」とでも呼ぶべき素材である。

■天使の創造 (56P)
■光4―天使(アウグスティヌスとの対比)
①「光が被造物の首位の座をもつものと解されれば、その光とはまさしく知的生命のことである」(11P)
②「我々があの最初の日に造られた光が霊的光であると解するなら、最初に造られた光は天使たちの内にある。」(40P)
③「天の創造はまず神の言葉の内に生まれた知恵に従って存在した。次いで天の創造は霊的被造物において、すなわち天使たちの認識において、天使たちの内に造られた知恵に従って行われたのである。」(40P)
●神→知→霊→被造物
     ↑
     天使
●光=天使ではない。「最初に造られた光は天使たちの内にある」
●ヒルデガルト「かくして光が創られ、天使たちは輝いた。かくして天使は存在する」
⑤「最後に、造られた天がそれ自身被造物である限り、その固有の秩序において存在するように天は造られたのである。」(40P)
●ここには、天地―自然の自律性というシャルトル学派と同じ考えがあるに思えるが、次項「素材」②参照の要あり。
⑥アウグスティヌスのさらなる疑問
「我々が見ることのできない光の性質はいったいなんだろうか。天の太陽がある場所に常にその光があるとすれば、解くのは困難な問題になる。・・・それともその光は地から遥かに遠い領域を照らしているので、地上では見られない(のだろうか)」(14P)

■世界の素材[物質] (56P)
■無と第一物質、または混沌
①「神は世界を無から創造された。世界を形造る素材は、神の御旨の内にあった。神のご意志がなにものかを創ろうと動き始めるやいなや、神の御旨からその思いのままに、世界の素材は、たちどころに現れた。だがそれはいまだ混沌としており、未定形な集塊に過ぎなかった」
●アウグスティヌス『注解』は「神ははじめに天と地を創られた」の注解から始まり、「無からの創造」という項目・記述はない。「天と地という表現で霊的被造物と形体的被造物の両方を指す」と理解し、『知恵の書』(11-17)「形のない素材から宇宙を造られた全能の手」を引用しながら「形のない質料」(『逐語的注解』18P)という表現から出発する。しかし『告白』では「あなたは在り、他のいかなるものもなかったが、その無からあなたは天と地を創造された。」となっている。
●無からの創造⇒ヤコブ・ベーメ「無底の無:一切の立場の消滅」(神は光でもなければ闇でもなく、愛でもなければ怒りでもない永遠の一者)(南原90P ベーメ『恩寵の選択』)
●ヒルデガルト受胎論における受精4週までの「混沌」
②SCIVIASの記述:「圧倒的な大きさの鈍い色の大気の球」―これは不完全さという暗闇の内にある諸事物の素材である。すなわちそれはまだ諸々の被造物の豊饒さによって照らされていないのである。・・・同じ素材から被造物のさまざまな光り輝く種の、それらが生起する驚くべき場にもたらした」(82P)
●「第一物質」
●「種」⇒次項「プラトン『ティマイオス』」③参照
③「聖書は水という名ですべての形体的質料を呼ぼうとしているかもしれない。」(アウグスティヌス『注解』7P)
④シャルトル学派の素材論
(ベルナルドゥス・シルヴェストリス 『コスモグラフィア(世界形状誌)』)
「神が宇宙を創造する際の質料(ヒュレー)は、無から創造されたのではなく、『ティマイオス』に従い、宇宙に先立って存在した混沌と解している。原初の質料が混沌として混乱していることを嘆くナトゥーラの願いを聞き入れたヌースは、四元素を相互に分離させた。」
(『コスモグラフィア』訳者秋山学解説 486P)
⇒マカバイ記二 7-28「神がこれらのもの(天と地)を既に在ったものから造られたのではない」(ex nihilo fecit「無から造った」)
参考1:「創造する(create)という言葉は“baurau”という〔ヘブライの〕言葉から出たものだが,無から造り出すという意味ではない。組織するという意味である。」(Teachings of the Prophet Joseph Smith,ジョセフ・フィールディング・スミス編,350-351P)
参考2:「神の天地創造においてすでに「混沌」「闇」「深淵」「水」というものが存在していたことになる。これには古代バビロニア神話(英雄神とドラゴンとの対決)など、古代イスラエルに先行する太古の神話の影響が指摘されているが、神とこの混沌(カオス)との関係は明確に語られないままになっている。この関係は、ユダヤ教がヘレニズム世界との関わりを深める中で次第に問題化することになる。古代キリスト教において定式化された「無からの創造」の教説──神は他の何者にもまったく依存することなく単独で万物を創造した。「ヘルマスの牧者」(2世紀)の「第一の戒め」によれば、「一切を有らざるものから有るものへと造られた」──は、こうした思想史的文脈における問題の展開に対して、キリスト教が自らの立場を表明したものと考えられる。」(2008 年度・キリスト教学講義)

■参考3:プラトン『ティマイオス』―宇宙の創造
① 宇宙(コスモス)は、構成者により、無秩序から秩序へ導かれ、ある出発点から始まって生成された。宇宙はなんらかのもの(イデア)の似姿として、魂を備え理性を備えた生きものとして生成された。宇宙は無限個にあるのではなく一つであり、常に運動するが故に球状であり、円運動している。
② 神はその中心に魂を置き、さらに宇宙の一番外側の天球自身もまた魂によって円運動するようにした。この魂が世界霊魂(anima mundi)である。神はこの宇宙を、幸福な神として生み出した。(『ティマイオス』28~40P要約)
③ 神は永遠をモデルに時間を生成したが、その時間を区分し見張るものとして、太陽と月を含む7つの惑星を造られた。
④ 生きものであるこの万有の宇宙の内に、理性が展望しうる限りの種類と数に対応するものを含まなければならないと考えた神は、それを4つの種族を考えられた。一つは天の種族で下位の神々からなり、他の三つは、空中を飛ぶ種族、水棲族、陸棲族である。
●地球あるいは地上の被造物の総体は天(の星々)の要約体ということになり、それはヒルデガルトの「人間=宇宙」、あるいは「人間は全被造物の要約体である」ということの先駆的表現であるように思われる。
⑤ 神的な種族である星々は主として火から造り上げられ、神はそれを全天一面に配置して、天のコスモス(飾り)とした。
●『病因と治療』69P「五つの惑星」に同様の表現が見られる。
⑥ 星々以外の死すべき3つの種族の魂の中の「神的」と呼ばれる不死なる部分は、神が種をまき手始めをなすので、残余の部分は下位の神々(星々)が神の創造に倣い、神々の本性に従って不死なる部分と撚り合わせて生きものを造るように命じられた。こうして星と同じ数の魂が分割し、それぞれの魂はそれぞれの星に割り当てられた。
⑦ 神は、かれら(地上の肉体に入る前の魂)に、今後の悪に対して、自分に責めがないように、運命としての掟を与えて、あとは若い世代の神々に託された。
⑧ 神の子らは父の指令を了解し、死すべき定めの生きものの不死なる始源(魂)を受け取ると、自分を作ってくれた製作者に倣って、火・土・水・空気それぞれの部分を宇宙から、いずれまた返却するという条件付きで借り受け、それらを組み合わせて生きものを造った。
⑨ 人間はしかるべき生を全うすれば自分の伴侶たる星の住処に帰って、幸福な、生来の性に見合った生活を送ることになる。(以上、41~59P要約)

■ルチフェル (57P)
●一神教にとって悪はやっかいな問題である。
ヒルデガルトはおそらくアウグスティヌスの伝統的な見解を下敷きにしているのであろう。
悪魔は堕落した天使である。全能であるべき神は、その堕落をも前もって知っておかねばならない。こうしてアウグスティヌスは、悪魔の意味を次のようにいう。
①「神が最初に悪魔を造られたのでも、神が悪魔を悪しきものとして造られたのでもない。悪魔は善きものを害するために自分の意志によって将来悪となるだろうということを知った上で、善きもののために悪魔自体が役に立つように悪魔を造られたのである。」(『逐語的注解』11-29)
●悪とは善の欠如である。(マニ教的二元論に対し、すべて存在するものを善なるものとして神と関連づけ、悪を善の欠如であるとした。
② こうして造られた悪魔は、「ひとたび造られると、彼は高慢に膨れ上がって自分自身の力を喜ぶことで腐敗し、真理の光からすぐに逸れてしまったのである。」(同上11-30)
●ルチフェル―「自ら拠って立とうとする者」
③「ああ、お前は天から落ちた明けの明星、曙の子よ。お前は地に投げ落とされた もろもろの国を倒した者よ。かつてお前は心から思った。「わたしは天に昇り、王座を神の星よりも高く据え、神々の集う北の果ての山に坐し、雲の頂きに登って、いと高き者のようなろうと。しかしお前は陰府に落とされた 墓穴の底に。」(イザヤ書 14-13~14)
●ルチフェルを神学的な意味ではなく、自然的にとらえると、それはどのような意味か。
―firmamentそのものの秩序を覆すもの―たとえば反重力(⇒「支柱」の項)
④ 虚無=ルチフェルとは無形相性、あるいは神の形相を無に帰そうとするものであることを示唆する。
⑤ 宇宙の始発から終焉に至る救済史としての宇宙創造の計画に反する動きをルチフェルと呼び(たとえば反重力)、神の言葉に秘められた計画を支えるのが天使であるか?
●ヒルデガルト受胎論において、魂の注入される以前の4週までを命―人間とみなさないのは(148P)、無形相性であるという意味か?

■悪―悪魔(参考)
①「悪霊(daemonum:demon)というものはすべて、ルチフェルとともにこの世で謀はかりごとを企むものである。悪魔(diablus:devilは、ルチフェルのあくなき貪欲と意志力とを体現したものであり、その強さや力、悪意において、ルチフェルとの間に大差はない。」
(『病因と治療』142P)
②「黒色胆汁は黒くて苦いが、この黒色胆汁はいかなる慰めをも疑念で覆うという悲しみをもたらす。そのとき人は、天上的な命の喜びを感じることも、地上的な慰めに喜びを感じることもない。ここでいう疑念とは、「神が自分を守ってくださるという希望を見失う」ということである。もともと聖書の中で悪魔(diabolus)の語は、「中傷者」「試みる者」を意味し、それは疑念を抱くことを含んでいる。」(『病因と治療』序文42p)
③ 「悪魔は嫉妬と憎しみと嘲笑という悪しき感情に起因するすべての悪をなすもの」(『生涯』255P要約)

■父性 (58P)
①「アウグスティヌス『創世記逐語的注解』には「父性」ということばは見当たらないが、ヒルデガルトにおいてはBOOKⅠの冒頭部で触れられている。英語版でPaternityと訳されているこの語のラテン語版原文はDe paternitateであり、この語は「父の慈しみ」というニュアンスを含んだ言葉である。
② この父性とは車輪の充満を意味する。Rotaすなわち車輪とは、あらゆるところに存在し、あらゆるもので充満している。もしこの車輪が外輪だけであったなら、車輪は空ろなものであったろうが、神は車輪のように完全であり、神の父性は善に満ちている。善とは柔和でもっとも堅固、力強く、もっとも公正な父性を意味する。車輪の充実の内にこそ神性はあり、ここからすべてのものが生まれ出ずる。
③ この父性の充実、万物の生まれ出ずる充実を、ヒルデガルトは初期の書『SCIVIAS』の中、第三の幻視において、大胆な母性として描き上げる。この生まれ出ずる車輪は、大胆にも火炎に包まれた女性器の形象として描かれる。ここでは父性は母性と同一である。
④「神が世界を創造された時、神は人となられることをお望みになったという事実が、神の最初のご計画の中に存在していた。」(58P)

■車輪(rota)
①「神性の車輪の内部に時間と永遠、宇宙と小宇宙がある。・・・円周は神の父性であり、その中心はマリアの母性である。」(ニューマン『ヒルデガルト・フォン・ビンゲン』179P)
② エゼキエル1-15~20
「わたしが生き物を見ていると、四つの顔を持つ生き物の傍らの地にひとつの車輪(rota:wheel)が見えた。それらの車輪のありさまと構造は、緑柱石のように輝いていて、四つとも同じような姿をしていた。・・・生き物が移動するとき、傍らの車輪も進み、生き物が地上から引き上げられるとき、車輪も引き上げられた。それらは霊が行かせる方向に、霊が行かせるところにはどこにも進み、車輪もまた、ともに引き上げられた。生き物の霊が、車輪の中にあったからである。」
●この生き物とは「神の存在の場所を示し、そこに近付けないことの印である生き物=ケルビム」と同義だと言われている。
「主は天を傾けて降り 密雲を足元に従え 
ケルビムを駆って飛び 風の翼に乗って現れる(サムエル記 22-10~11)

■魂の創造(58P)(詳しくは次回「人間」の時に)
「身体という形象を与えねばならない」⇒身体はより熱心に神を求めるための計らいである。

■元素 (59P)
①「神は世界の元素を創られた。元素に人間の内にあり、人間は元素とともに働く。元素とは火・空気・水・土のことである。」
② 天文学者池内了はその著『宇宙論のすべて』の中で次のように述べている。
「1766年、イギリスの化学者キャベンディッシュはある種の金属に酸をかけると非常に燃えやすい気体が発生することに気付き、それを「火の空気」と名付けた。ところが、この「火の空気」が燃えてできた気体を冷やすと水となった。つまり水は水素と酸素の化合物であることを明らかにしたのだ。この話を聞いたラボアジェは、この気体にギリシャ語で「水をつくるもの」を意味するハイドロジェン(水素)と名前をつけた。まさにギリシャの哲人が想像したように火と水は互いに結びついていたのである。」
③「元素は人間の性質をあまさず吸収し、人間は自分の内に元素を引き寄せる。人は常に元素とともにあり、また元素は人とともにある。人の血は元素に応じて満たされる。」
●人間と元素の相互関係―人間の宇宙に対する責任

●元素論
① エンペドクレス
「四元素説を最初に唱えたのはエンペドクレス(BC5世紀)といわれ、始源(arkhē:principium)は火・空気・水・土の四元素―彼はこれらを「根」と呼んだ―であるとした。これらは永遠に不変である。四元素の種々の比率における混合によって自然界の事象・生物は生成され、一つのものからの四元素の分離によってその消滅が起こるとした。この元素の混合と分離を司る動的な力は、「愛」と「憎しみ」である。」(田村松平『ギリシャ自然学序論』32~33P要約)
●In principio erat verbum

② プラトン
①「神は最初、火と土とで世界を作ろうとしたが、この二つのものは第三のものがなければうまく結びつかないため、一種の絆として水と空気を造られた。
火:空気=空気:水、空気:水=水:土として宇宙の身体は比例的であり、一つの全体性を備えて自足した、不老無病のものとして造られた。」(『ティマイオス』35~36P)
② 元素は複合体であり、分解できるばかりでなく、相互転化すると考え、そのモデルとして三角形を基本とした正多面体を示した。
土:6面体   火:4面体   空気:8面体   水:20面体  アイテール:12面体
 正方形   正三角形    正三角形     正三角形    正五面体 
●ありそうな言論:「平面は三角形を要素として成り立っている」(『ティマイオス』87P)

土:最も動きにくく安定した底面をもっている立方体
水:もっとも動きにくく最大の形状
火:もっとも動きやすくもっとも小さい形状
空気:水と火の中間的な形状
アイテール:宇宙の数は1か5(『ティマイオス』198P)
③ アリストテレス
「物体の形相をなすのは能動的と呼ばれる「温と冷」と、受動的といわれる「乾と湿」の四性質である。これらのうちの二性質が火・空気・水・土という四つの単純物体のそれぞれに対応し、その存在形相として所属している」という「四性質説」が基本である(下図)。一つの性質が反対の性質に置き変わることにより単純物体[元素]は生成変化する。すべての自然物体はこの四つの要素的単純物体の結合から生まれる。これらが月下界の物質構成であるのに対し、天上界はアイテール(「常に走っている」の意)という第五の要素物体[元素]により構成されるとした。(田村38~40P/アリストテレス『生成消滅論』329~331)


支柱(firmamentum)―天空―宇宙(59P)
①「firmamentum:firmament⇒訳注:「固定手段」「要点」などの意味をもつ。ラテン語firmare「固定する」が原義。日本聖書教会発行の『旧約聖書』では当該語に「大空」という訳語があてられている。以下文脈に沿って「天空」とも訳す」(『病因と治療』59P脚注)
② ルチフェルを「宇宙定数を破壊するもの」と理解できる記述もある。
「偉大な力により天から放逐されたルチフェルは、冥府から移動することを許されなかった。もし仮にルチフェルが冥府から逃れることができれば、彼は自らに備わった身体の力をもってすべての元素を変貌させ、天空を逆回転させてしまうであろう。あるいは、太陽や月や星を暗転せしめ、水の流れを逆流させ、被造物に対して計り知れない不幸をもたらすことであろう。」(57 ルチフェルの墜落)

閑話休題
① 一般相対性理論を宇宙に適用した場合、宇宙は常に縮小するか膨張するかの運動状況になることに気づいたアインシュタインは、宇宙は静止した永遠不変のものという自分の通念に反するため、この方程式に「宇宙項」と呼ばれる斥力の項を人為的に挿入し、物質が及ぼす万有引力に対し、この斥力によって宇宙に働く力のバランスをとることで静止宇宙をつくることにした。(定常宇宙)
② 「空間自体が反発力をもつと仮定すれば、重力と反発力(宇宙項または宇宙定数)はちょうどつり合い、宇宙は一定の大きさのままでいられることになる。(『ビッグバンの父の真実』196P)
③ 定常宇宙論への固執には「宇宙の熱死という陰惨なシナリオを回避できるという利点があった。」(同上170P)
⇒アリストテレスが提唱した、進化することのない不変の天空としての宇宙。(169P)
④ ベルギーのカトリック司祭で天文学者のルメートルは、アインシュタインの一般相対性理論を研究する過程で、膨張宇宙論という考えに到達した。宇宙が現在、膨張しているのであれば、過去に遡っていけば宇宙はどんどん小さくなり、ついには一点に集まる、すなわち宇宙は有限限過去に一点から生じたということになる。ルメートルはこれを「宇宙卵」と呼び、その爆発で宇宙が誕生したというモデルを1927年に発表した。これはハッブルが大口径望遠鏡による観察を通してほとんどの星雲が遠ざかりつつあるという観察結果をもって宇宙膨張の証明とするより以前のことである。この宇宙卵の爆発を「ビッグバン」と名付けたのは、アリストテレスと同じく、宇宙は永遠に姿を変えないとする定常宇宙論者のフレッド・ホイルである。(『宇宙論のすべて』229P)
⑤ のちにハッブルによる宇宙膨張の発見によって宇宙が運動状況にあることが証明されたことで、アインシュタインのこの宇宙項挿入は、人生最大の失敗と目され、アインシュタインは、宇宙項を取り下げるに至った。しかし宇宙観測の進展により、宇宙項を除いた「フリードマン宇宙」では宇宙は減速膨張となるはずだが、実際は加速膨張していることがわかり、宇宙項を挿入することでこの矛盾は解決することがわかってきた。(243~234P)
(⇒次項②「ダークマター」参照)

■暗黒物質
①「元素の中でしきりに燃え盛り、分裂し、恐怖の声を発するほどに強く峻烈な火の嵐を、神の熱情が暗黒物質(nigra materia:dark matter)の中に創り出したまさにその時、悪魔がまっさかさまに墜落し始めたその場所まで、悪魔の力は上昇するであろう。・・・ 
神の酬いであるこの熱情は、最後の審判の日に至れば元素を燃え立たせ、分裂させるであろう。」
② 暗黒エネルギー
「宇宙に存在するエネルギーとしては、わたしたちが通常、原子と呼ぶ物質が5パーセント、光や電波を通さず、観察できないが重さをもつ正体不明の物資―暗黒物質が20パーセント、そして暗黒エネルギーと名付けられた全宇宙に満ちている謎のエネルギーが70パーセントで、この暗黒エネルギーが重力と逆の反発力を周囲に及ぼし、そのために宇宙の膨張スピードが加速しているのではないかと考えられている。こうして現在ではアインシュタインの宇宙項と同じ働きをするものとして「暗黒エネルギー」と呼ばれる項を挿入することが通常となっている。」(『眠れなくなる宇宙のはなし』29p)
●わたしたちが知っているのは全宇宙の5パーセントに過ぎない。
●「無」という物質
●現代宇宙論による天地の創造―ビッグバン
「宇宙が有限の過去、およそ一〇〇~一五〇億年前に高温度・高密度の微視的状態で爆発的に創成され、その後の膨張過程で諸々の宇宙の構造が形成されてきた。」
「ビッグバンで始まった宇宙は超高温で超高密度であり、一切の物質構造は存在し得なかった。宇宙が膨張するにつれ、クォークから陽子や中性子が造られ、陽子や中性子からヘリウムが造られたが、質料の七五%は陽子のまま残され、やがて電子と結合して水素原子となった。それは宇宙の時刻にして三十万年の頃で、このとき自由になった光を、今、「宇宙背景放射」として観測しているのである。原子とダークマター(dark matter「暗黒物質」)のゆらぐ海に銀河という集塊が生み出される。」(池内了『宇宙論のすべて』「銀河の誕生」111P要約)
⇒ヒルデガルトの冒頭「無からの創造」に関連して触れる。
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2015年第1回ヒルデガルト・セミナー(前半部) 
(2015・1・31~2・1 at 鴨川)
ヒルデガルト

12世紀の自然学と自然観
Liber subtilitatum diversarum naturarum creaturarum
『被造物の種々の精妙なる本性に関する書』
1)『単純医学[治療術]の書』(Liber simplicis medicinae):『自然学』(Physica)
2)『複合医学[治療術]の書』(Liber compositae medicinae):『病因と治療』(Causae et Curae)

問題意識の所在
①「ヒルデガルトの自然学はどこにその源泉をもつのか」(ゴスマン「ビンゲンのヒルデガルトの自然理解」)
●ヒルデガルトのオリジナリティ
――神の啓示によるヒルデガルトの「自然学」は、自然学とよぶことができるのか。
あるいは12世紀自然学の中でどのような位置に立つのか。
②ヒルデガルト、あるいは中世の人々にとって自然とは何か。わたしたちが思う自然と、どのように違うのか。


Ⅰ 12世紀の自然学

BC2――0―――――5C―――――10C――12C―13C――――――――21C

A)『中世の自然学』(エドワード・グラント/みすず書房)
①ギリシャ哲学・科学が西暦前2~1世紀の間にローマ世界に浸透した時代から現代に至るまでのうち、ほぼ西暦500年から1000年頃までの間、西ヨーロッパの科学が低迷を極めたのは疑いえない事実である。(3P)
②この低迷の背景には、ゲルマン人の侵入(4~5世紀)・西ローマ帝国の滅亡(476年)という時代背景と、392年のキリスト教国教化以降、ひたすら来世での救済を追い求め、自然界を軽視する傾向に拍車をかけたのだった。名誉や栄光は、もはや自然現象の科学的解明にはなく、普遍的な教会の諸目的の追求の方にあった。(6P~8P要約)
③「善き生活を送り、宇宙を正しく理解するためにも、ギリシャ以来の自由四学科は有用である」としていたアウグスティヌス(354~430年)も、死の数年前には「理論的諸科学と機械論的技芸は、キリスト教徒にはまったく無用である」と結論するに至り、それが長く影響を及ぼした。(異教の学問のもつ潜在的な危険性への懸念と危惧)(11P)
④科学の低迷期において「自然学」は「百科全書」「便覧書」「語源論」などの形をとる。
「アラビア人は8世紀と9世紀の間に手に入れた膨大なギリシャ科学の文献をアラビヤ語に翻訳し、この遺産をいっそう豊かなものにしていたが、西洋には初歩的な百科全書的な科学しか存在しなかった」(『中世の自然学』25P要約)

B) 「事物の本性について」⇒Liber subtilitatum diverarum naturarum creaturarum
(参考:鈴木道也「ヨーロッパにおける中世的自然観の解明に向けて―中世百科全書を手がかりに」)
① 7世紀前半:セビリアのイシドルス『語源論』
② 9世紀前半:ラバヌス・マルヌス『事物の本性について』(De rerum naturis)
③ 12世紀(1125年から1200年までの間に)洪水のようにギリシャ・アラビア科学の重要なものがラテン語に翻訳された。
13世紀全体はほぼこの咀嚼期間であった。(グラント34P)
④ 中世百科全書は13世紀に黄金期を迎える。
1) 13世紀初頭:アレキサンダー・ネッカム『事物の本性について、そしてコヘレトの言葉』に関して』(Liber de naturis rerum et Ecclesiastes)
2) 1220~30年頃:アルノルドゥス・サクソ『事物の精華について』(De floribus rerum naturalium) 
3) 1235年頃:イングランドのバーソロミュー『事物の性質について』(De proprietatibus rerum:19書1230章)
●聖書に登場する事物や地名について逐一解説するという百科事典的記述で、ヒポクラテス等ギリシャ文献、コンスタンス・アフリカスヌの翻訳によるイスラム文献、ヘブライ系自然科学者の著作などからの引用により著述。
4) 13世紀中葉:トマ・ド・カンタヴレ『事物の本性について』(20書)
1人体の造り 2魂とその力 3 怪物 4 四足動物 5 鳥類 6 海獣 7 魚類 
8 蛇 9 虫 10 樹木全般 11 栽培された木 12 ハーブとその医学的利用 13 泉 14 宝石とその力 15 七つの金属(金・銀・鉄・銅・錫・鉛・水銀) 
16 大気:7つの地域・大気の湿度 17 天体と七つの惑星 18 天気 19 元素
20 星と惑星、食(後世の追加)
●世界の事物について百科事典的な説明を施しながら、個々の存在がどのような道徳的意味をもっているかに、数多く言及している。
5) ヴァンサン・ド・ボーヴェ(1190-1264)は中世最大の百科事典『大いなる鑑』(Speculum Maius)を編纂。第1部『自然の鏡』(Speculum Naturale)全32書は当時としては例外的に創世記の記述順に記述されている。
●『病因と治療』の記述順は創世記のままではない。
⑤ 総じていえば中世百科全書は、「同時代の自然科学的知識をキリスト教的に解釈し実践する実用書」(鈴木道也)
●喩えとイエス
⑥ 二重真理―「哲学的証明が信仰の教理に反する場合は、信仰教義を優先する」という誓約(1272年パリ大学学芸学部の教授たち 同上46P)
⑦ 「15世紀前半までにアリストテレス的な世界観に基礎づけられた中世のスコラ科学が全面的に開花する。」(グラント34P)


Ⅱ ヒルデガルトと同時代の自然哲学
●12世紀自然学での中でのヒルデガルトの位置―シャルトル学派とサンヴィクトール学派
―「12世紀の神学的関心の中心は天地創造の神学的解明にある」といわれる時代にあってヒルデガルトの自然学はどこまで独自的なのか。

A シャルトル学派と新プラトン主義
●自然学を通して神に近づこうとした人々
①「プラトン『ティマイオス』がシャルトルの新プラトン主義者たちによって熱心に研究され、宇宙の構造を説明するのに用いられた」(グラント28P)
②「『ティマイオス』と『創世記』の親近性に気づいたのはこの学派が初めてではないが、救い主としての神よりも、創造主としての神に興味を抱くシャルトルの人々にとって「自然的正義すなわち世界の創造」(『ティマイオス』注解)を内容とするこのプラトンの著作は格好の典拠となった。」(大谷啓治「12世紀のプラトニズム」)
③ プラトニズムがアリストテレス自然学導入以前に、自然学の学問的研究を担ったということは、おどろくべきことである」(「12世紀のプラトニズム」大谷啓治169P)
④「人間が神について自然学的に哲学している」(サン・ティエリのギヨーム『コンシュのギヨームの誤謬について』166P大谷啓治)

a)コンシュのギヨーム
(1090-1154『宇宙の哲学』『プラトン・ティマイオス逐語的注釈』『ドラグマティコン』)
① プラトンが宇宙の構成を人間の心身関係と対比させながら提起した「宇宙霊魂」は、プラトンにあっては広義の生命体全般を統御する原理であるが、ギヨームはそれを「一種の聖霊の基づくものである」(『宇宙の哲学』第1巻四)とし、「聖霊」と同一視した。
② だがのちの発行になる『ドラグマティコン』においては「世界霊魂」の節自体が削除されているが、これは三位一体の教義に抵触し、異端嫌疑をかけられることを恐れたためだけでなく、「世界霊魂」という概念自身を必要としなくなるほどに自然学的説明を徹底させていったと見ることができる」(同書解説275P要約)
③ 世界の事物の原因は四つ、動力因すなわち神、形相因すなわち神の英知、目的因すなわち神の善性、質料因すなわち四元素(温―冷 乾―湿)である。・・・これら四原因からすべての物体的実体は存在する。」(大谷167P)
④ 元素とはそれ自身にもはや部分がないものをいう。火・空気・水・土はその意味で元素ではない。」『宇宙の哲学』(296P)
●アリストテレスに同じ
⑤ 創造主の業は、諸元素や諸精神のように材料のない第一の創造か、処女懐胎のような、通常自然界ではおきえない奇跡的なことがらである。質料因である4元素の創造までが神の働きである。自然は第二原因によって造られた。(大谷168P)
⑥「自然の働きとは、種子あるいは芽から、類似したものから類似したものが生まれることである。自然とは事物に内在し、類似のものから類似のものを作り出す力である」(『ティマイオス注解』421P)
補1:「天空の水」は不合理である。
補2:「神が最初の男性の肋骨からとったということを文字通り信じるべきではない。」(『宇宙の哲学』310P)

b) シャルトルのティエリ 『六日の業に関する論考』(『中世思想原典集成8』シャルトル学派)
①ブルターニュ生まれ。「プラトンの再来」と呼ばれ12世紀ヨーロッパ最高の哲学者。
「自然学に従い、(創世記を)字義どおりに解釈し、聖なる博士らによる比喩的・道徳的解釈はまったく見ずにおく」(本文冒頭444P)
② プラトンの論じた宇宙魂は、ギヨームと同じくキリスト教における聖霊であるとした。
●だがこれは1140年サンスの教会会議でアベラールの排斥された命題の一つであった。
④ 四元素は「天地」の名でよばれる。四元素は無から創造された。
この四元素(火・空気・水・土)が、それ以降、おのおのの本性に従って運動を行いつつ、
天、地、太陽、星、生物などを形成していく。
⑤ 神の創造の業は原初の質料(四元素)に限定されており、自然界の形成に関しては、火がいわば工作者として働く。自然の展開は完全に自律的であり、自然学上の原理によってのみ合理的に説明される。(440~441P 訳者井澤清解説の項要約)
⑥ その具体的展開:「星が創造されて、大空で運動を始めると、それらの運動から熱が増大し、生命を与えるほどの熱にいたって、初めに水の中に、すなわち土よりも上位の元素の中に留まった。そしてそこから水に棲む動物と鳥とが創造された。一方、湿気を媒介として、その生命の熱は当然地上のものにまで至り、それから陸に棲む動物が創造された。それらの数の中の一つとして、人間は神にかたどり、神に似せて造られた。」
●生命を一種の熱エネルギーとして理解する、進化論を思わせる創造論⇒創世記通り
補1:第一日目の光:上位元素、つまり火の第一の周回によって空気中に生じた照明」のことである。」(447P)

c) ベルナルドゥス・シルヴェストリス 『コスモグラフィア(世界形状誌)』
(『中世思想原典集成8』シャルトル学派)
① 創世記「天地創造の六日間」を、『ティマオイオス』を手掛かりにプラトン主義的宇宙観に基づいて解説したもの。「自然」を擬人化した天界
② 事物の生命たる宇宙霊魂はヌースから流出したものである。永遠に神的意思を宿すヌースは、宇宙霊魂に対し永遠の範型(イデア)から受けて抱いた像を告げ、宇宙霊魂はそれを自然(ナトゥーラ)に刻印する。
③ 神が宇宙を創造する際の質料は、無から創造されたのではなく、『ティマイオス』に従い、宇宙に先立って存在した混沌と解している。
④ 原初の質料が混沌として混乱していることを嘆くナトゥーラの願いを聞き入れたヌースは四元素を相互に分離させ、天に天使の九階級を置き、天蓋に星を据え、十二宮を設け、四つの風を異なった方向に置く。これに生物の創造と宇宙の中心への地球の配置が続く。(490p慷慨)
⑤ ヌースは世界創造に携わってこれを完成させたのち、自らの働きを完成させるために、ナトゥーラに命じて「ミクロコスモス」たる人間を創造し、世界を完成させるように命じる。
ヌースはいう。「わが胎の至福なる豊穣ナトゥーラ、神意の娘よ。あなたは宇宙と諸物に神意を反映させることを怠っていない。」(494P)
●ヒルデガルト女性性神学との共通性
このナトゥーラに協力するのが、諸星辰の女王ウラニアと、万物を経験豊かに知り尽くした女性フュシスである。フュシスは四元素の残りの部分で人間を作り、頭から始めて創造を四肢に及ぼし、最後に両足を作ってその業を完成させる。(490~491P)
●脳・心臓・肝臓はプラトン三霊説に同じ。

B サン・ヴィクトル学派とアウグスティヌス
(⇒内容詳細はⅢ 12世紀の自然観(natura)
●観想を通して神と合一することを願った人たち
①サン・ヴィクトルのフーゴを鏑矢とする偽ディオニシオス・アレオパギタの研究を通して、アウグスティヌスの修道戒律に則り、キリスト教霊性刷新運動に努めた。
②フーゴーのシャルトル学派批判:『ディダスカリコン』 
「シャルトル学派は創造を理解するために『ティマイオス』を研究している。創世記の理解は、プラトンを通してではなく、新約聖書の視点からなされねばならない。神の創造は、神の救済の真理を示す新約聖書を基点にして初めて理解される。(「12世紀のプラトニズム―キリスト教神学の自己確認とプラトニズム」中村秀樹131~133p)
●ヒルデガルトとの同一性
●「否定神学の立場から見れば、神を「創造主」と見ることは、神を被造物の側から限定することであり、「一切の無限定の無限定」に反する。」(今 21P)
④観想の目的、したがって人間の生の目的とは人間が神に似たものとなること、神との合一に向かって上昇してゆくことである。その働きにおいて重要なのは神の側からの照明という働きが先立つことである。」(熊田陽一郎「ディオニシウス・アレオパギタ」)
●現生における神体験―神秘的合一

C アリストテレス(参考)
①「自然的存在とは動物やその部分、植物、そして土、火、空気、水のような単純物体のことである。これらの自然物と呼ばれるもののどれをとっても、それぞれ運動変化と静止の始まりを自分自身の内にもっている。自然とは運動と静止の原因が付帯的ではなく直接的、本来的に内蔵しているようなものにおいて、そのものが運動変化したり静止したりすることの原因となっているなにものかにほかならない。」(アリストテレス『自然学』60P)
●「自然とは、自然的存在者における運動と静止の原因である。かくて運動を起こす力としての自然とは、自然物をまさに自然物たらしめているもの、ということになる」(今道232P)
●1210年にサンスの地方教会会議は自然哲学関係のアリストテレスの著作を読むことを禁止し、違反者は破門することを宣言した。・・・アリストテレスの自然哲学的著作には、キリスト教の信仰と教義を揺るがすような見解が含まれていたからである。その代表は次の諸点である。
1)世界の永遠性―神の創造行為の否定
2)個別的偶有性は質料的実体から離れて存在しえない―聖変化の否定
3)自然の進展過程は規則的で不変的である―奇跡の否定
4)霊魂は肉体とともに死滅する―永遠の命の否定
(グラント42~43P要約)


Ⅲ 12世紀の自然観(natura)

プラトン―プロティノス―アウグスティヌス―偽ディオニシオス―エリウゲナ
BC4~5C   3C     4~5C       5C       9C

A natura(自然・本性)
(「エリウゲナにおける「自然」の形而上学」 今義博/『中世の自然観』所収)
●孕む自然と本性への帰還
①「ナトゥーラ」という新しい概念を哲学体系の中に案出したのは9世紀のエリウゲナ『ペリフュセオン』(Periphyseon「自然について」第一巻「自然区分論」)においてである。(同上3P)
②「あるもの」と「あらぬも」のすべてを含んだ普遍的な名称(genera nomen):
ギリシャ語で「フュシス」と呼ばれ、ラテン語で「ナトゥーラ」と呼ばれるもの
③ エリウゲナ『自然区分論』(De divisione naturae)
1) 創造されず、創造する自然:原因としての神
2) 創造され、創造する自然:神のひとり子(みことば)の中に最初に造られた「始源的原因」・アウグスティヌスの「永遠のイデア」・知(ヌース)
3) 創造され、創造しない自然:天使から質料までの全被造物
4) 創造されず、創造しない自然:すべてもの終わり(目的)
④ ナトゥーラ:自然=「すべてのもの」「全体」「普遍」を意味するomnia,totum,universitatesと同義である。したがって「自然」はuniversalis natura(全体的自然)やuniversa natura(普遍的自然)とも呼びかえられる。
④エリウゲナのnatura―自然概念には、「精神に捉えられぬもの」「あらぬもの」を含んでいる。すなわち「自然」とは、「神」や「あらぬもの」を含んでいるということである。(4P)
⑤ 1)ラテン語エッセンティア(ギリシャ語ウーシア)=ともにその動詞の意味は「ある」
  =すべての被造物の中にあって消滅しえぬもの、普遍・不滅に存在するもの
2) ラテン語ナトゥーラ(ギリシャ語フュシス)=ともにその動詞の意味は「生まれる」
  =生成によって存在する可変的なもの
⑥ナトゥーラ(自然)=エッセンティア(本性)としてしばしば用いられる。
自然=本性=自然本性
⑦だがナトゥーラはエッセンティアと違って可変性をもつ。
⇒エリウゲナの場合、ナトゥーラ(自然)は、始めとしての神から発出し、神へと環帰する、宇宙論的円環運動の中にある。その発出と環帰は、神による被造物の創造と救済を意味する。
●人類の歴史は救済の歴史である。(シッペルゲス)
●「万物は神より出で、神によって成り、神に向かう」(ロマ書11-36)

B 神の顕現(theophania)
1) 自然という神の顕現
① 「聖書と自然は神によって神的真理が書き込まれている二つの「書物」であり、その真理への観想を人間の自然的本性の能力によって行う。自然界のすべてが神を表すものである。
②「全被造物は神の顕現(theophania)としてつかまれる」(⇒これは5世紀ディオニシウス・アレオパギタ『神秘神学』に由来する⇒9世紀エリウゲナ)
③「自然そのものが教師なのだ。自然は黙っているわけではないのだ。」(24P ペリフュセオンⅡ)
④「世界が造られたときから、目に見えない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており、これを通して神を知ることができます」(ロマ書1-20)

2) 自然観想―被造物の自然的本性に響き合う人間の自然的本性
①神への環帰と本来の自己への復帰ということは、元来「将来の生において」起こることであるが、それを今ここに生きる現実の中で、神の恩恵によって実現されうる。(⇒タボル山の変容)
(『エリウゲナにおける「自然」の形而上学』 今義博22P~23P)
② これを実現する道は二ある。聖書と自然界の読解がそれである。固有の意味合いからは、聖書の読解を「神学」(theologia)と言い、自然の読解を「自然観想」(contemplatio)という。
③ 自然本性としての理性は目に見える事物の内に目に見えない真理を見出すが、それは神的真理の観想への出発点である。」(23P)
④ 「人間の認識活動は思考(cogitatio)、黙想(meditatio)、観想(contemplatio)の3つをもつ。人は肉の目、魂の目、霊の目でもってその活動に携わる。」(『サンヴィクトル派』総序 泉冶典15P)
④ 人間は「自然」というnaturaを観ることによって「本性」としてのnatura、すなわちessentiaへ近づく。こうして自然観想は、単なる自然の客観的観察ではなく、本来の自己への帰還を目指す主体的実践である。どの自然現象も、自然を観察する者を神へ、真の自己へと導く教師となる。」
⑤ 自己の外なる観想以上に重要なのは自己の「内なる自然」(natura interior)の観想である。自己の内なる自然(自然的本性)である魂に「神の似姿」という神現はもっともよく反映しているからである。」(24~25P要約)
●ヒルデガルトは、男性神学の観念的傾向と明確に異なり、魂だけでなく肉体性を含めた命の全体を自然本性として見ている。ここにヒルデガルト神学・自然哲学の独自的な特徴がある。(⇒次項との関連で重要)
⑥ 自然観想の内的根拠―「人間は全被造物を内包する要約体である」
「人間は万物の構成要素のすべてを一通り有しているという意味で、全被造物は人間の中にあり、したがって人間という自然(本性)は全世界を小規模に内包している「小宇宙」である」(9P ペリフュセオンⅤ・Ⅳ 今の要約)
●ヒルデガルトのオリジナリティについて
⑦ 『大ベニヤミン』における観想の3階梯(感覚―理性―知性)の中での「理性」は「知性」による観想に至るステップである。
●観想とヒルデガルトの五感

終わりに
●熊田陽一郎「ディオニュシオス・アレオパギーテス」(『新プラトン主義を学ぶ人のために』世界思想社292~293P)

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プロフィール

johanusuda

Author:johanusuda
臼田夜半
鴨川市在住
著作『病という神秘』(教友社)
  『ネロの木靴』(地湧社)
  『聖ヒルデガルトの病因と治療』(ポット出版)
制作『いのちの大切さ』
(文部科学省学習支援ソフト)

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