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ヒルデガルト研究会

12世紀ドイツの女性神秘家ヒルデガルト・フォン・ビンゲンの神学・医学・薬草学・音楽についての研究

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ヒルデガルトの生きた時代と中世の身体

●問題意識の所在
1) 本来垂直的であるヒルデガルトの預言の言語的な解釈と表現にどこまで時代的な制約が侵入しているのか。(例:パウロとイエス)
⇒聖書を解釈してはいけない:時代の言葉に翻訳して理性で理解してはいけない。⇔異言
2) ヒルデガルトの翻訳作業を例にして:言語として対象化するということの困難さ
―無学であるということ。 ヤコブ・ベーメの場合 子どもと知識
⇒実はこの言語化の作業における格闘自身が、霊を覆う「知識」と、霊そのものの言葉の発出である知恵との格闘であること。―知恵を聞き取る知であることと、知の混入
:「無学」は「子供」と置き換えることができる
⇒学問を拒否するアッシジのフランチェスコの場合
3) 自分自身の人生について―意思的選択と御旨(摂理または理)
歴史とは人間相互の絡む時間的継起のように見えながら、実は神と人間との―したがって人間の神的本質性=霊性と自我との格闘の時間的展開に他ならないのではないか。

Ⅰ 12世紀ルネサンスの社会的条件
○一般的には476年(西ローマ帝国の滅亡)に始まり、1492年(アメリカ大陸発見・グラナダ奪還によるレコンキスタの終了)[または1453年東ローマ帝国の滅亡]に終わる
⇒ル・ゴフは15-16世紀イタリア・ルネサンスを含めて中世と呼ぶ。
① 9世紀以来の三圃農業―農業革命による農業生産力―食料生産力の増大(封建領主への貢納の金納化の進行・農村部への貨幣経済の浸透)
②商業の発達:11世紀から南北間交易の拡大に伴い、商人や職人などの新たな階級が形成されてゆく(商業・手工業)。貨幣取引・金銭貸借取引の活発化
1) 商人資本と高利貸資本は資本主義的生産様式に先行して久しい以前から見出され、12・13世紀の西ヨーロッパではすでに社会的に不可欠な経済行為になっていた。
―都市貴族、市民として封建社会の本質的構成要素となっている。
2) インノケンティウス3世教皇令による「徴利禁止」は経済的実情に合わない措置
3) 教皇庁は高利貸業者からの多額の献金でなりたっていた
4) ユダヤ教徒迫害により、ユダヤ人による貧民への貸し手不足を補うため、教会自身が窮民への利子貸付を行うようになる
5) 徴利禁止の矛盾を解消するために「公正利子」(公正報酬)概念を捻出
6) 煉獄の発明―13世紀にスコラ哲学により体系化
③ 都市の勃興―都市市民層の拡大―価値観の多様化
―商人や職人を中心とした都市が周囲の農村から区別された都市文化を形成してゆく。
④ 大学の成立
 ―都市の成立にともない、司教座聖堂付属学校の成立⇒シャルトル学派
⑤ 知識人の誕生(⇒Ⅶ シャルトル学派の登場)
―聖職者ではない知識階級の成立
⑥ 十字軍(特にレコンキスタ運動)
東に向かった十字軍は12世紀ルネッサンスの動力とはならず、西に向かったレコンキスタ
がアラビア文化を吸収してゆく(イベリア半島ではもともとイスラム教と共存していた)
―ギリシャ語文献の95%がアラビア語からの翻訳と言われている。
⑦ ビザンチン文化を通したギリシャ文化の影響
シチリア・北イタリアを通したビザンチン文化―ギリシャ文化の影響
⑧ 異端審問(個人の成立を基礎としたキリスト教信仰の多様化)

●まとめ―農業生産力の発達に伴う商業・手工業職人の階層的創出、都市の発達と十字軍によるアラブ文化(ギリシャ科学・哲学)の吸収を通した自然科学の発達と新たな知識階級の排出による人間主義の胎動、その一環としての異端。

Ⅱ 12世紀ルネッサンス
① ヨーロッパの巨大な転換期:アラビア文明に接し、そこからギリシャやアラビア進んだ学術・文化を取り入れる。
―西欧社会でいったん途切れていたギリシャ科学をアラビア語からの翻訳として流入
例:コンスタンチヌス・アフリカヌスによる上記文献のラテン語への翻訳
② ギリシャ・アラブの自然学の流入と自然観の変化
○アラビアの学術の西欧への移入が12世紀ルネッサンスの核心である。
③ 自由学芸 大学の発展:古典への回帰を通した理性に立脚する「近代人」の登場
(後述)   
④ 人間主義・個人主義の登場:「愛は12世紀の発明である。」 微笑の12世紀
1) 12世紀以来、結婚は男女双方の同意に委ねられていた。(同上139P)
例:アベラールとイエロイーズの恋愛
2) 告解の共同改心式から個人の告解へ(第4ラテラノ公会議)
⇔カタリ派の公開告白の慣行(「参進」)
⑤ 死の個人化
1) 12世紀は死の個人化し始めた時代―大理石像など墓石の変化
2) 11・2 「死者の日」の設定は1030年代
⑥ トルバトゥール・ドイツミンネ(吟遊詩人)の登場(ヒルデガルトの音楽への影響)

Ⅲ 12世紀のキリスト教―公会議を通して
1054:大シスマ(フィリオクエ論争)東西教会の分裂
1075:グレゴリウス改革(教皇権の世俗権に対する優位性の宣言と聖職者の綱紀粛正)
1077:カノッサの屈辱(神聖ローマ帝国ハインリッヒ4世の教皇グレゴリオ7世への忠誠の屈辱的表明)
   =教皇権の全盛期(教皇による皇帝・国王の任命権の掌握)と十字軍敗退による権威の失墜の開始
① 第一ラテラノ公会議(1123年 カリストゥス2世)
1) 聖職叙任権の教会への帰属(ヴォルムス協約)の司教団による承認
2) 聖職売買禁止の再確認(リヒャルデス独立へのヒルデガルトの反対)
3) 十字軍参加者に対する部分免責と従軍家族および財産保護の徹底
4) ローマ巡礼者への略奪の禁止
② 第2ラテラノ公会議(1139年 インノケンティウス2世)
1) アナクレトゥス2世支持司教・枢機卿の罷免
2) 聖職者と修道者の婚姻の無効
3) 聖職者の私有財産保持の否定を提唱した参事会員アルノルド・ダ・ブレシアの説教・著述の禁止・焚刑
○1159~1177
神聖ローマ帝国皇帝・赤髭王バルバロッサ=フリードリッヒ1世は教皇アレキサンデル3世に対する対抗教皇ヴクトル4世擁立。その後さらにパスカリス3世、カリスト3世を擁立。1177年に教皇アレキサンデル3世とフリードリッヒ1世との間で和解成立:いわゆる小シスマ:ヒルデガルトからの書簡)
③ 第3ラテラノ公会議(1179年 アレクサンドル3世)
1) カタリ派への破門宣告
2) カタリ派との戦いを十字軍として扱うこと(アルビジョア十字軍)
3) ワルドー派(リヨンの貧者)による「信徒による説教の許可申請」の拒絶
 *1173年 ピーター・ワルドーによる「清貧・信徒による説教・ラテン語聖書の翻訳
4) 同性愛を公式に断罪
④ 第4ラテラノ公会議(1213年 インノケンティウス3世)
ニケア公会議に匹敵する規模での公会議の開催
1) 異端と異端保護者への処罰
2) 異端に対する宗教裁判所の設置
3) ユダヤ人・イスラム教徒への差別的服装(山高帽・マントなど)の義務化
4) ローマ法王の首位権の確認
5) 聖変化の教義の宣言
6) 14歳以上の信徒の年一回の告解の義務化(告解室)
7) 結婚の男女両性の合意による結婚の奨励(婚姻の氏族間取引の道具からキリスト教制度上の承認)

Ⅳ 12世紀キリスト教―信仰の変化
1054年:大シスマ(フィリオクエ論争)
① フランスを中心とするマリア信仰の大衆化(各地のノートルダム寺院建設)
(⇒ 神の模性 ヒルデガルト神学の特異性 Ⅸ 後述)
② 聖心信仰―キリストの受肉:身体性の変化 (⇒Ⅷ 後述)
「みことばが人となる」(ヨハネ)⇒ミサにおけるキリストの体(⇒聖体論)
「あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿(である)」(1コリ 3-16)
③ 煉獄の発明と代祷の始まり―地上の教会は死後の世界までもその支配下に置く。

Ⅴ 12世紀のキリスト教―十字軍
第1回十字軍 1096~1099:イエルサレムの奪還
第2回十字軍 1147~1148:ベルナールの演説 敗退
第3回十字軍 1189~1192:敗退
第4回十字軍 1202~1204:コンスタンチノープル攻略・東ローマ帝国市民の虐殺
アルビジョア十字軍 1244 モンセギュール陥落
第8回十字軍 1270~1272 1291年に壊滅

Ⅵ 12世紀のキリスト教―異端(カタリ派)
① マニ教からカタリ派へ
1) 小パウロ派:260年 サモサテのパウロ アルメニア
2) ボゴミール派:9世紀半ば ブルガリア・ユーゴスラビア 開祖ボゴミール
         15世紀後半トルコの侵入により壊滅
② カタリ派:「清浄なるもの」
1) 1017年オルレアンで最初のカタリ派発覚
2) カタリ派の拠点ツールーズはヴェネチア、ローマに次ぐヨーロッパ第3の都市であり、古代文明直系たる南フランス諸都市は、独立の感覚と自由を愛する心を古代から受け継いでいた。住民選出の市政執行官は領主たちともわたりあった。(⇒吟遊詩人トゥルバトゥールの自由精神:ラングドック・プロバンスなどカタリ派の地方と重なる)*織職人が多い。
③ アルビジョア十字軍は南仏を併合し、統一国家への過程での戦争でもある。(聖王ルイ)
④ 完徳者と帰依者(マニ教では聴聞者:アウグスティヌスは聴聞者)
⑤ 教義の大半はマニ教(3世紀ササン朝ペルシャ・イラン)の影響下にある
―地上世界は悪と考える霊肉二元論
「初めにふたつの原理があった。善の原理と悪の原理である。永劫のうちにあって、前者には光明が、後者には暗黒が存した。光明にして霊的なるものすべては善の原理に由来し、物質的かつ暗黒なる一切は悪の原理に由来する」(カタリ派信仰告白冒頭部分)
―カタリ派自身は自分たちをキリスト教徒と呼んだが、ル・ゴフはマニ教であり、したがってキリスト教異端とは呼べないという。だがカタリ派自身はマニを教祖とは見ていない。
⑥ 教義
1) 旧約聖書の排除―新約聖書のみに依拠(cf:シモーヌ・ヴェーユ ペナン神父への質問状)
2) イエスは神の被造物であり、その降誕化肉はただそう見えたにすぎない。(イエスの人性の否定。仮現説:グノーシス派に共通する)
3) 聖餐式の排除(パンも葡萄酒も物質であり、物質である限り悪である)
4) 十字架・聖堂を認めず、一切の秘跡の否定(⇒当時のカトリックの腐敗)
―洗礼式に替わる「救慰礼」の中心的動作としての「按手」が唯一の秘跡
5) 公開告白
6) 完徳者は無所有・結婚・性交・肉食・飲酒の忌避・[耐忍(エンドウラ):死に至る絶食:14世紀以降]
7) 帰依者の誓い(リヨン典礼書)
 1. 神と福音へ身をささげる  
 2. 油で調理された野菜・魚以外の肉や卵やチーズを食べないこと(生殖の結果である動物由来食の禁忌)
 3. 嘘言を吐かない、誓いをたてない
 4. 肉体の交渉に身をゆだねない
 5. いかなる形の死の脅しに対しても教団を棄てない
―この誓いののち、「主の祈り」を唱え、完徳者が按手し、頭に福音書を乗せる。
8) 輪廻転生
9) 一切の殺傷の禁止
⑦ 「清貧と窮乏と断食の生活をするドミニコ会の成立⇒のちのフランチェスコ会も同じくカタリ派への防波堤の役割を果たす。ドミニコ会・フランチェスコ会はカタリ派との緊張で創られた。
⇒ヒルデガルトはカタリ派の防波堤の役割を担う(←聖ベルナール)
⑧ 異端審問の始まり(ドミニコ会)
⑨ ベジェの大虐殺(3万―自称10万 カトリック教徒を含めた住民全員の虐殺)
「すべて殺せ、神は神のものを知り給う」(シトー会院長アルノー・アマルリック)
⑩ 1244年モンセギュールの陥落(45年間・15県・100万の犠牲)

Ⅶ 12世紀のキリスト教―シャルトル学派の登場
① 自由七科の再建
4科(数学的学問):幾何学・天文学・算術・音楽
  3科:文法・修辞学・弁証論(論理学)
専門課程:神学・医学・法学
1) 「特に4科は宇宙の合理的説明のために必要と考えられたが、信仰と自然の合理的探求は矛盾しないどころか、両者は統合されるべきだというシャルトル学派の信念」(伊東俊太郎「12世紀ルネッサンス」105P)
2) 「六日間の御業について」(シャルトルのティエリ:いわゆるヘクサメロン文書の一つ。プラトン「ティマイオス」を基にした「創世記」の自然学的解説の試みと考えられるが、アラビア自然学の影響も指摘され始めている。
―従来の象徴的な解釈を退け、「自然の理由のみに従って」世界の形成を説明しようとする。(⇒次回)
⇔「グノーシス派は悪の究極の原因たる物質世界創造の責任を神から取り去る。一言でいえばグノーシス派はギリシャの哲学者を記憶している、そして「悪」と神の業を切り離すキリスト教徒であった。彼らは古代哲学とキリスト教の乖離に抵抗したのであろう。彼らは旧約聖書を全部、または一部排斥した。」(フェルナン・ニール「異端カタリ派」19P)

●まとめ
1) 肉体を悪とするカタリ派との外的緊張感を孕み、都市の成立を基礎とした近代的市民の登場の萌芽の時代性の中で、ギリシャ自然学の目を通した自然―肉体の自然性-性の自然性を躊躇と逆行を繰り返しながら本格的なルネサンスに向けて復権させていく過程としての12世紀。
2) しかし創世記を自然学として捉え返すというティエリの問題意識に見られるように、神学的な緊張感から完全に解放された科学として成立し切れているわけではない、という点に私たちはむしろ積極的な意味を見出すことができるのではないか。
それは自然という客体が成立する根深い根拠を霊の目を通して見通すという、近代の忘れ去った目が依然としてあるという意味において、ここでは神学と自然学は分離できない。
3) 原罪―悪の起源―霊と肉の二元的な分離を巡る歴史
知識としての知恵を求める傲慢であったはずの「創世記」原罪は、中世においては肉体―性の罪へと変貌するが、善悪の対立を歴史の動因と見るカタリ派との緊張感を孕み、この肉体―性-女性性に対する自然学からのアプローチと神学との整合性・あるいはその矛盾がヒルデガルトの神学の時代的特徴となる。
(これはヒルデガルトについての見通しである:ヒルデガルトの神学的垂直的ヴィジョンと自然学の「時間性」)(⇒後述 Ⅷ 中世の身体) 
4) 私たちはなにを「原罪」―悪と呼ぶのか。悪はどこから生まれたのか。
●悪は信仰の中で逆転し、光を放つものとなる。そうなれば最早悪は悪ではない。
神性としての人間的本質に下る過程と死による「生の終焉」を含む一個の人生は、創世記に始まり、終末にいたる人間の歴史を予見する。
―私たちは日々、自己意思による選択ではなく、霊的な識別によって生きようとするが、これが歴史を見通す霊の目でもある。目は神との対話である祈りにある。「この子のようになりなさい」という簡潔な救い―人類史とは救済史であるというヒルデガルトの表出への
予感。
5) 祈りながら進むということについて

Ⅷ 中世の身体
① 史学の態度
アナール派:ル・ゴフ「歴史に身体を返すこと・身体に歴史を与えること」
日本:網野喜彦 阿部勤哉など
② 知識としての知恵を求める傲慢であったはずの「創世記」原罪は、中世においては性の罪へと変貌する。
③ 「肉にしたがって生きるなら、あなたがたは死にます」(パウロ「ロマ書」)
④ 「定められた時は迫っています。今からは、妻ある人はない人のようにすべきです」(1コリント):性を排斥する教義の一石(ル・ゴフ65P)
――知恵の木の実とは、人間的知恵(理性)による天上的知恵(霊性)―霊的感受性―神が自分の似姿としてその中心に据えた天上的感受性からの乖離を意味するのではないか。
「伝統的な解釈では、アダムとエヴァはリンゴの中に、神の知の一部を獲得することを可能にしてくれる糧を探していたとされている。リンゴをかじること、それは知ることではなく性交することだとして善良な民衆を納得させたのは、より容易なやりかたであり、イデオロギーと解釈の上での大変動はさいたく困難もなく行われた」(中世の身体68p)
8世紀、トマス・アクィナスは、女に自由と平等の道を返してやることはないものの、それでもアウグスティヌスが定めた道からいくぶんか遠ざかる。「魂は肉体の形相である」とするアリストテレスの思想を吸収したトマスは、創造に二つの水準を見るアウグイスティヌスの議論を拒み、反論する。魂と肉体、男と女は、同時に創造されたのである。男性的なものと女性的なものは、したがってどちらも神聖な魂の宿るところである」(中世の身体71P)
女の体は不完全であるとする考え方はアリストテレスにある(71P)
⑤ 教皇グレゴリウス「肉体は魂の忌まわしい衣」
⇒アウグスティヌス
⇒180~200 マルクス・アウレリウスの時代にすでに肉体を穢れとみなす
「キリスト教はなにも抑圧しなかった。それはすでのなされていたのである」(ポール・ヴェーヌ)
⑥ 従属的性としての女性
中世期(ヒルデガルトも)は「神が我々にかたどり我々に似せて人を―男と女を創った」(創世記1-26)より「エヴァをアダムの肋骨から創った」(1-21)という解釈を好むようになる。
⇒この解釈はアウグスティヌスによっている。
⑦ 涙の復権(中世の身体 99P)
「悲しむ人は幸いである。その人は慰められる」(マタイ)
●涙とは本来,霊の直接的な肉体的な反応であり、霊のことばであるという意味において、霊的なものは自然的・肉的である。
―1)ラザロの死の知らせに涙するイエス
 2)エルサレムを泣く
 3)ゲッセマネで血の涙を流す
涙の中に中世の謎のすべてがある。(ミシュレ 中世の身体104P)
涙には湧き上がる力がある(バルト)
中世の涙はただ精神的であるだけではない。涙によって、神が身体に降りてくる。(同上105P)
「涙とは授かるものである」(ロラン・バルト 同上)
⑧ 笑いの復権
「地上の笑いは天上の幸福の予兆であると考えるアルベルトゥス・マグヌスの跡を受け、トマス・アクイナスは笑いに肯定的な神学的位置を与える」(同上111P)
「笑いは人間特有のものである」(アリストテレス)
笑う聖人フランチェスコ
笑いは体の下等な部分から生じる。笑いは口の穢れである。
ほほ笑みは中世の発明である。(112P)
⑨ 最初の解剖は1340年ころ、モンペリエで医学教育目的で行われた。
⑩ 人間=宇宙(ミクロコスモス=マクロコスモス)という主題は12世紀の哲学において花開く。(ベルナルドゥス・スルウェストリス「宇宙について、あるいは大宇宙と小宇宙」同上240P)
―これはヒルデガルトも同じである。
⑪ 12世紀終わりには、神学者リールのアランは「体の中の太陽たる心臓」と称える。
12世紀:聖ベルナール「イエスの柔らかなる心臓」
⇒この時期、キリストの傷口は右脇腹から、心臓のある左に移される
⇒聖心信仰
⇒魂は肉体に先住するというプラトンの概念と、魂は肉体の形相であるというアリストテレス双方の理論が入り込んでいる
「それぞれの人間は、物質的で滅びるべき被造物である身体と、非物質的で不滅の被造物である魂によってなりたっている」
●ヒルデガルトはキリスト教的教父的男性的常識から自由な地点から―庶民的な目から肉体を眺めている

●ローマ時代:肝臓
 キリスト教初期:頭(「キリストが教会の頭であり、自らその体の救い主であるように、夫は妻の頭です」(エフェソ)
⇒教皇権(頭)と皇帝権(心臓)の角逐のメタファー
⇒ヒルデガルトの時代、皇帝が教皇をすげ替えるということが起き、ヒルデガルトはそれを批判している。
 
Ⅸ 歴史的現象としてのヒルデガルトと女性性の神学
① 宇宙―したがって物質とは神の言葉の受肉であり、したがって宇宙は女性から出産される。
② 天地創造の原因(ティエリ⇒ヒルデガルトのクレアトリックスの関係)
 1.「作用因」(causa efficiens)としての神そのもの
 2.「形相因」(causa formalis) としての神の知恵
3.「目的因」(causa finalis)としての神の恩寵(「良しとした」)
 4.「質量因」(causa materialis)としての4元素

③「宇宙の天体構造は、世界霊魂(anima mundi)がいわば十字架刑に処せられたものであり、十字の交差する分点(黄道と赤道の交点)を白羊宮であるとした(プラトン『ティマイオス』(シモーヌ・ヴェーユ「神を待ち望む」231P)
⇒キリストが十字架につけられた瞬間、太陽は白羊宮にあった(同上)
④「古代の医者にとって、すべての病は体の病であった。・・・しかし中世の人間にとっては、キリスト教文明においてもイスラム教文明においても、身体に起こったことをその精神的意味から切り離すことはできなかった。魂と体の関係は緊密で錯綜したものとして理解されていたために、病は必然的に心身相関的な実態だったのである」(ミルコ・グルメク 159P)
「医者であるキリスト」(Christus medicus)―病人は排斥されたものでさると同時に選ばれた者である。(160P)
⑤「私の友なる体」(166P)
中世の人間はキリスト以外の医者に頼ることができる(167P)
●創造事業への人間の参画
時 神の摂理「ものごとがその目的へとあらかじめさし向けられている構想」(トマス・アクイナス「中世とは何か」192P)
歴史の展開 
予定説
●ヒルデガルトの諸著書は新たに流入した自然学と神学との統合を試みた軌跡である。
●ヒルデガルトにあって肉体性の復権は、母なる胎の創造的復権を経由しておこなわれる。
ここから男女両性にまつわる性の復権は、自然学的な客観性を経由して容易な一歩となる。

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johanusuda

Author:johanusuda
臼田夜半
鴨川市在住
著作『病という神秘』(教友社)
  『ネロの木靴』(地湧社)
  『聖ヒルデガルトの病因と治療』(ポット出版)
制作『いのちの大切さ』
(文部科学省学習支援ソフト)

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