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ヒルデガルト研究会

12世紀ドイツの女性神秘家ヒルデガルト・フォン・ビンゲンの神学・医学・薬草学・音楽についての研究

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第2回ヒルデガルト連続セミナー

■ヒルデガルト―女性性の神学 (アウグスティヌスとの対比を通して)

Ⅰ 人間の創造
Ⅱ エヴァの創造と女性の位置
Ⅲ 原罪
Ⅳ 天地創造―懐胎する宇宙


■前回の問題意識から
①「告解とは自分の内面を詳査して語ることで自己を形成した。告解という仕組みは各個人に内面の観照を促すことで自己を点検・保守・管理させる自己統治の装置として機能した。
このようにしてヨーロッパ的な個人は生まれた・・・告解とは自分の行為(感情を含む)を絶対的な基準に則って図ることを意味する。罪が絶対的な尺度となる社会、それがヨーロッパにおける個人である。教会は、その肉を支配する方法として、罪意識を、それも性的な罪意識を通して支配した。・・・罪の中でも性的な関係は常に汚れ、穢れをもたらすものとして罪の筆頭にあった。」(安部謹也『ヨーロッパを見る視角』)●ミシェル・フーコー
②告解的自己表出としてのヨーロッパ的な個人の成立と、その普遍的鏡として向き合うべき神の、性への一面化による「痩せ細った神」⇒この根底には原罪の理解がある。

Ⅰ 人間の創造
A) 創世記―ヨーロッパ的精神の元型的風景-聖書という共通テキスト
①神は言われた。「我々に象り、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを(1)支配させよう。」
神はご自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。(A)男と女に創造された。
神は彼らを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ、海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて(2)支配せよ。」・・・
神はお造りになったすべてをご覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。・・・
②主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形造り,その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。主なる神は、東の方のエデンに園を設け、自ら形造った人をそこに置かれた。主なる神は、見るからに好ましく、食べるに良いものをもたらすあらゆる木を、地に生え出でさせ、また園の中央には、命の木と善悪の知識の木を生え出でさせられた。
主なる神は人を連れてきて、エデンの園に住まわせ、人がそこを耕し、守るようにされた。主なる神は人に命じて言われた。「園のすべての木から取って食べなさい。ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう。」
主なる神は言われた。「人が独りでいるのはよくない。彼に合う助ける者を造ろう。」・・・
主なる神はそこで、人を深い眠りに落とされた。人が眠り込むと、あばら骨の一部を抜き取り、その跡を肉でふさがれた。そして、(B)人から抜き取ったあばら骨で女を造り上げられた。・・・
③主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。蛇は女に言った。「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか。」
女は蛇に答えた。「私たちは園の木の果実を食べてもよいのです。でも、園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないから、と神様はおっしゃいました。」
蛇は女に言った。「決して死ぬことはない。それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ。」
女が見ると、その木はいかにもおいしそうで、目を引きつけ、賢くなるように唆していた。女は実を取って食べ、いっしょにいた男にも渡したので、彼も食べた。ふたりの目は開け、自分たちが裸であることを知り、ふたりはいちじくの葉をつづり合わせ、腰を覆うものとした。
その日、風の吹くころ、主なる神が園の中を歩く音が聞こえてきた。アダムと女が、主なる神の顔を避けて、園の木の間に隠れると、主なる神はアダムを呼ばれた。
「どこにいるのか。」
 彼は答えた。「あなたの足音が園の中に聞こえたので、恐ろしくなり、隠れています。わたしは裸ですから。」
 神は言われた。「おまえが裸であることを、だれが告げたのか。取って食べるなと命じた木から食べたのか。」
 アダムは答えた。「あなたが、わたしとともにいるようにしてくださった女が、木から取って与えたので、食べました。」
 主なる神は女に向かって言われた。「なんということをしたのか。」
女は答えた。「蛇がだましたので、食べてしまいました。」・・・
 神は女に向かって言われた。「お前のはらみの苦しみを大きなものにする。お前は苦しんで子を産む。お前は男を求め、彼はお前を(3)支配する。」
 神はアダムに向かって言われた。「お前は女の声に従い、取って食べるなと命じた木から食べた。お前のゆえに、土は呪われるものとなった。お前は生涯食べ物を得ようと苦しむ。お前に対して、土はいばらとあざみを生え出でさせる。野の草を食べようとするお前に。お前は顔に汗を流してパンを得る。土に返るときまで。お前がそこから取られた土に。塵にすぎないお前は、塵に返る。」
・・・主なる神は、彼をエデンの園から追い出し、彼に、自分がそこから取られた土を耕させることにされた。
(1) let them have dominion ...:praesit piscibus maris...
praesum:「先頭に立つ」「保護する」「管理する」「支配する」
(2) have dominion over the fish of the sea ...:dominamini piscibus maris ...
*dominor:「支配する」「主長である」
(3)he shall rule over you :et ipse dominabitur tui

B) アウスイティヌスの理解(354-430『創世記逐語的注解』⇒逐語的とは「文字通り」の意)
①「人間が神の像に従って造られたのは、人間が理性をもたない動物に優れている点においてであることを我々は理解できる。それは理性とか精神とか英知とか、あるいはその他のより適当な語があれば、その語で呼ばれるものである」(3-20-30)
②「人間の卓越性は人間がそれによって獣に優っている知性的精神を神が人間に与えて、神は人間を自分の姿に似せて造られたということにある」(6-12-21)
●アウグスティヌスは人間による他の被造物の「支配」ということについては、注解なしにそのまま肯定しているように思える。
●似姿とは何か?人間と他の動物との区別性は、理性や精神にあるのではなく、霊魂ではないのか。⇒霊長類:primates⇒テイヤール・ド・シャルダンの「複雑性」と「進化論」について

C) ヒルデガルトの理解―「人間は全被造物の要約体である。」
①「(宇宙の中心に立ち現れる人間とは)どこまでも世界の構造に依存せざるをえない他のすべての被造物よりも意義深い存在である。たしかに人間は体格において小さいが、魂が内包する諸力において強力な存在である。その頭を上に向け、足を堅い大地に下ろし、彼は高いものも低いものも動かすことができる。・・・彼はただ世界の網にかかっているのではない。彼は世界を網のように手の内にかかえ、これを動かす男のように立っている。自然のあらゆる力をもって神は人間を強固にされた。神は人間が全世界を見ることで知り、聞くことで理解し、嗅ぐことで区別し、味わうことで消費し、触れることで支配するように、人間に創造の武具を着せたのである。」(『神の御業の書』VISION2-15 左図参照)
②神はアダムにすべての被造物を与えられた。すると彼は男性的な力をもって被造物にまなざしを注ぎ、こうして被造物を識り、それを認識することができたのである。なぜなら、人間はおのれ自身が全被造物の体現であり、人の中には、終わることのない命の息吹が息づいているからである。(45 アダムの預言の賜物)
●「知る」ということ。scio:scientia 
③「この人間という存在は、己の内に天と地と他のすべての被造物をもつている。確かに人間は一つの形象にすぎないが、その内には万物が秘められている。」(『病因と治療』1)⇒ⅣD)参照
●ヒルデガルトの身体論において「胃」の占める位置
④元素は人間の性質をあまさず吸収し、人間は自分の内に元素を引き寄せる。人は常に元素とともにあり、また元素は人とともにある。人の血はそれに応じて満たされる。・・・人間の絶え間ない争いが繰り返し元素をかき乱す。そして元素は、その人間の業に応じて微風を発する。(18 元素)
●自己表出としての12世紀的個人ではなく、アダムが他の被造物の名をつけたように、自己の内なる被造物との呼応―宇宙的な受容体として「わたくし」はあるのではないか。

■参考 12世紀の同一の見解
①「大宇宙たる自然は調和した生ける自然で、この生ける自然の秩序を模範として、人間の魂は身体と結合され、大宇宙の調和が小宇宙たる人間に移される。」(ベルナルディス・シルヴェストリス『宇宙形状詩』)―ヒルデガルトに近似したマクロコスモスとミクロコシモス)
⇒プラトン『ティマイオス』
② 人間は万物の構成要素のすべてを一通り有しているという意味で、「全被造物は人間の中にあり」、したがって人間という自然(本性)は全世界を小規模に内包している「小宇宙」(ミクロコスモス)であ(る)。(9世紀エリウゲナ『ペリフュセオン』今義博の要約より)

Ⅱ エヴァの創造と女性の位置
■中世期は「神が我々にかたどり我々に似せて人を―男と女を創った」より「エヴァをアダムの肋骨から創った」という解釈を好むようになるとル・ゴフは『中世の身体』でいう。

A)アウグスティヌスの理解
● アウグスティヌスは創世記①と②―(A)と(B)を2重のテキストとはまったく思っておらず、上記テキストの違いを時間的な継起として理解する。
①「女性も人間として造られた限り、確かに自分の精神と理性的精神をもつものであり、これに関しては女性自身もまた神の像にしたがって造られたというべきである」(3-22-34)
②女性が子どもを産むためでなければ他のどんな目的のために男性の助っ人として造られたか私は知らないのである。」(9-5-9)(孤独をまぎらわすのなら、男同士のほうがよい)
③女性が夫に主人として服従しなければならなくなったのは女性の本性によるのではなく、女性の咎によるのである。だがもし女性が男性に服従しなければ本性はいっそう腐敗し咎はいっそう増すであろう。」(11-37-50)
*資料Ⅰ「同時代の思想」④コンシュのギヨーム参照

参考
パウロ:「男が女から出てきたのではなく、女が男から出てきたのだし、男が女のために造られたのではなく、女が男のために造られたからです。」(1コリント11-12)
「アダムは騙されませんでしたが、女は騙されて、罪を犯してしまいました」(テモテ2-14)
イエス:「天地創造の初めから、神は人を女と男にお造りになった。それゆえ人は父母から離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる」(マルコ10-6)

B) ヒルデガルトの理解
①神はアダムを造られたのち、アダムを眠りに落とされた。アダムは眠りの中で、大いなる愛の感情を抱いた。すると神は、男の愛のために、一つの形姿をお創りになり、こうして女は、男の愛そのものとなった。女が形造られると、神はすぐさま、アダムに、男としての創造力をお与えになった。こうして、男の愛である女を通して、男は子どもをもうけることが可能となった。エヴァを見つめた時、アダムは完全な英知に満たされた。なぜならアダムはエヴァの中に、子を生む母の姿を見たからである。(アダムの創造とエヴァの形成)
●Ⅳ「天地創造」 D)「ヒルデガルトの理解」中、天地創造―宇宙の懐胎と同一の思想であること
②「女は男のために造られた。そして男は女のために造られた。女が男から造られたように、男も女から造られたのは、生殖の合意において、一方が他方から引き離されないようにするためである。というのは、ひとつの働きにおいて男と女は一つの行いを目指すからである」(SCIVIAS 1-2-12)
●一方は一方の欠落として造られたという理解の仕方もある。
③アダムは大地の生気を受けて男らしく、また元素の働きにより強健であった。アダムの髄から生まれたエヴァは、まだ土の質をもつ大地の重みに押しつぶされることがなかったので、空気のように軽やかで鋭敏な頭脳をもち、快活な生活を送っていた。エヴァが一人の男から生まれたように、すべての人類はエヴァから生まれたのである。(46 エヴァの奸策)
④人類の最初の母は、天空の表象として位置づけられていた。天空の層は、その内部にすべての星を抱いている。それゆえ完全で穢れなきエヴァは、・・・自分の内に、人類というものを保持していた。(104 エヴァ)⇒ⅠC)①参照
⑤「女の血は精液と結合し、精液に形を与え、精液を温め、血のようにするのである。」(60 受胎) ●月経が不純であるとされる通説とはまったく逆な論調であること。
⇔「もっとも温かい女性といえども、もっとも冷たい男性より冷たいからである。」(資料Ⅰ「同時代の思想」④コンシュのギヨーム2)参照)

Ⅲ 原罪
A) アウグスティヌスの理解
1)善悪を知り分ける木
①「あの木は悪ではなく、善と悪を識別する知識の木と呼ばれた。」(8-6-12)
「すべてのものをはなはだ善なるものとして造られた方が、園になにか悪しきものを配置するはずはなく、悪は神の命令に対する人間の違反行為から由来したものである。」
②「思うに我々が悪をなさなければ悪は存在しなかったからである。実際、悪はいかなる本性的存在でもなく、善の欠損からその名前を受け取ったのである。」(8-14-31)
「人間は悪でない木に触れることを禁じられたので、その命令を守ることがそれ自体として人間にとって善であり、その命令に反することが悪ということになる。最大の悪は不服従以外にない。
・・・すなわち人間はもし禁止されていなければ、たとえ木に触れても罪を犯したことにならないが、人間が禁止されていたにもかかわらずその木に触れたから、人間は不義という責めを負うことになる。」(8-13-29)
「間違った神の真似、有害な自由という悪」(8-6-12)
●アウグスティヌスにおける「命令への従順」:命令の絶対性-神への従順は旧約信仰の枢要である⇒イサクを燔祭として捧げるアブラハム―神に対する畏れの試み

2) 原罪と性-あるいはアウグスティヌスの苦悩
①「彼らが神の命令を犯すやいなや彼らはすっかり剥ぎ取られ裸になって、自分の目を互いの身体に投げかけて彼らには知られていなかった情欲の動きを感じた。」「彼らの目が開いたというのはこの意味である」(11-31-41)
②「彼らの身体は病気や死という条件に冒されるようになった。この条件は獣の肉体にも内在し、このことによって彼らは獣と同じ衝動に支配されることになった。すなわちこの衝動は獣を性交へと駆りたてて、死んだものに後に生まれるものが続いて交代するというわけである。」(11-32-42)
●誰の罪でもない病や死をどう理解し受容してゆくのか。
③「人間の裏切りに直ちに現れた死こそが、人間が互いの視線で経験した情欲の原因であった。」(11-35-47)
●情欲の発生は死の恐怖から生まれる衝動であると、アウグスティヌスはいう。不服従[原罪]の結果生まれた個体的な死と、死の恐怖がただちに導き出だした情欲の関係が、アウグスティヌスにおいては逆転し、情欲が原罪の原因となる。
④たしかに「増えて増殖し、地を満たせ」と言われているが、それは男性と女性の肉体的結合によってしか生じえないように思われるが―このことはまた人間の身体が可死的であるもうひとつの証しとなっている―にもかかわらず不可死的な身体で生殖する別の方法があったかもしれないと主張することができる。たとえば子どもは堕落した肉体の欲求のまったくない誠実な両親の愛情だけから生まれるとする。この子どもたちは死すべき両親の後を継いで今度は自分自身が死ぬにいたるということはない。したがって地は不死なる人間によって満たされて、正しい聖なる人民が整えられると―そのような人民は復活の後であろうと我々は信じている―子どもの誕生ということも終わりに達するであろう。」(3-21-33)
⑤「最初の人間たちが罪を犯す前には魂が何の抵抗もなく、また快楽の熱い欲望もなくて、あたかも肢体をさまざまな仕事のために動かすように、子どもを造るために生殖器官に命令することができたのである、と信じることがどうしてできたないのであろうか」(9-11-18)

■まとめ
1)善悪の木の実⇒罪としての不服従⇒(直ちに現れた)死⇒生殖による命の継続=肉の罪
                ⇒(直ちに同時的な)情欲の惹起=肉の罪 
2)不服従という意思(精神)の背反が肉の罪に集約され、その罪の第一原因を女が負うという罪理解の男性的回路
*資料Ⅰ「同時代の思想」①ベルナルドゥス・シルヴェストリアス ②リールのアラン参照
●一神教では悪の出自を人間におくほかない。
●アウグスティヌスの原罪をめぐる苦悩は、われわれ日本人には滑稽であり無縁であろうか。
結婚し、子どもを設けた経験を持つアウグスティヌスは、その本心において、自分の個体的な死を越えるものとして、子どもという血脈の連続に「永遠性」をみたという痛切な事実がおそらくあったのだ。あるいは死すべき定めにある子どもをなぜ設けたのかという苦悩が。それを越えた永遠を求めようとする強い衝動が、血脈の根拠である性交、そして肉体そのものを悪とする思いへ遡及させたのではないか。(それは終末を知る宇宙の誕生についても同じである)
⇒なぜアダムは死を恐れるに至ったか?死の、なにを恐れるのか?

B) ヒルデガルトの理解
①優しい一陣の風とともに鋭い燃える炎によって、あの輝く火は男に輝く白い花を差し出した。その花は、一本の草の上に降りた露の滴のようにその炎の上にかかっていた。男はその香りを鼻で嗅いだが、口で味わうことも、両手で触れることもなかった。そのようにして彼は、自分から道を逸れ、自分で這い上がることの叶わぬ深い闇へと落ちて行った。というのも、人間は悪魔の甘言に唆されて神的な掟に背を向け、死の巨大な口へと落ちて行ったからである。なぜなら彼は、信仰においても業においても神を求めなかったからである。それゆえ自らの罪を負うものは、真の認識へと立ち戻ることができなったのである。
(SciviasⅡ1.8)
⇒(ヒルデガルト自身の解説)「この男は、知恵という知性の働きをもって、法の掟そのものを、あたかもなにかの香りを嗅ぐためにそれを鼻に引き寄せるように、自分へ引き寄せたからである。だが人間はそのものの好ましい内的な力を完全に口に入れることはなく、また祝福の充満のうちに両手の業でこれを成就することもなかった。」(同上)
●炎は三位のうち、特に父を意味し、草の上に降りた露は「生ける力」を意味する。花は三位の響きと離れずに咲いている。三位は響きである。
■「神は、人間が全世界を見ることで知り、聴くことで理解し、嗅ぐことで区別し、味わうことで消費し、触れることで支配するように、人間に創造の武具を着せたのであった。」(『神の御業の書』)
●「ヒルデガルトは禁断の実を食べる罪を、命令された花を摘まないことにおきかえる。アダムは犯すことの罪ではなく、言葉と聖霊の呼びかけを無視することを罪としている。」(190)
②(蛇の女への敵意)「悪魔は女の生殖能力に対して最初から憎しみを覚えているからこそ、悪魔は女が子供を産むことがないように女を迫害するのである。」(『生の功徳の書』98)
③「もしアダムがエヴァよりも先に罪を犯していたとしたら、原罪はあまりに重く救いようのないものとなり、人間はとてつもなく深く険しい絶望的な状態に陥り、救いを望むことも、救いを望む可能性すらもなかったであろう。だが最初に罪を犯したのはエヴァであったので――女は男より弱いがゆえに、罪からの救いのなさをよりたやすく無効にすることができたのである。」(47 なぜエヴァが先に堕落したのか) ●月経をめぐる記述:月経の度に思い知らされる原罪意識
●ヒルデデガルトは原罪を人間的本質からの逸脱(無視)と見ている。アウグスティヌスの原罪論が永遠性への希求であれば、ヒルデガルトは直下の普遍性―「自然的本性との一致」に永遠の命を見るという確信ではないか。これは深い病を経験したものの風景―核心でもある。この人間的・自然的本質からの逸脱が病とすれば、その本源的な恢復こそが救済であり、それがヒルデガルト医学の中心となる。
●バーバラ・ニューマンを戸惑わせるヒルデガルトの性-肉体的欲求に関する性科学者のような執拗な筆致は、実は原罪の根拠とされたものへの懐疑から発した追求心ではなかったか。

Ⅳ 天地の創造(宇宙論)
●創世記のポイント
①光 ②無から有[物質]の創造 ③一日の区切り ④水を分けて空を造った ⑤イヴの創造 等

A) 創造の6日間(ヘクサエメロン)

1:初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。「光あれ。」こうして光があった。神は光を見て、良しとされた。
神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。
2:「水の中に大空あれ、水と水を分けよ。」神は大空を造り、大空の下と大空の上に水をわけた。神は大空を天と呼んだ。
3:「天の下の水はひとつ所に集まれ。乾いたところが現れよ。」神は乾いた所を地と呼び、水の集まった所を海と呼んだ。
「地は草を芽生えさせよ。種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける果樹を地に生え出でさせよ。」
4:「天の大空に光るものがあって、昼と夜を分け、季節のしるし、日や年のしるしとなれ。天の大空に光るものがあって、地を照らせ。」
5:「生き物が水の中に群がれ。鳥は地の上、天の大空の面を飛べ。」「産めよ、増えよ、海の水に満ちよ。鳥は地の上に増えよ。」
6:「地はそれぞれの生き物を生み出せ。家畜、這うもの、地の獣をそれぞれに産み出せ。」
「われわれにかたどり、われわれに似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、地の上で這う生き物をすべて支配せよ。」

B) アウグスティヌスの理解
① 天地の創造―「光あれ」の解釈
「第一日目に造られたのが霊的な光であるのなら、夜がその後に続くために、どうして沈むことがあるのだろうか。我々が見ることの出来ないような光の性質は、いったいなんだろう。太陽の光のようにあるのではないが、あたかも太陽に非常に密に結び合って区別できないような仲間であろうか」(1-10-22)
「その光は地からはるかに高い領域を照らしているので地上からは見られず、昼が太陽によって世界の低い部分でも現れるように太陽が造られねばならなかったのか。・・・かの発光体が夜の闇に場所を譲るために消えてしまったと信じるべきではない」(1-11-23)
「光はまさしく知的生命である」(1-10-18)

C) 同時代の思想
シャルトルのティエリ(『六日の業に関する論考』)
○ブルターニュ生まれ、生年不詳、1156年以降没。「プラトンの再来」と呼ばれ12世紀ヨーロッパ最高の哲学者と呼ばれる。プラトンの論じた宇宙魂はキリスト教における聖霊であるとした。
「星が創造されて、大空で運動を始めると、それらの運動から熱が増大し、生命を与えるほどの熱にいたって、初めに水の中に、すなわち土よりも上位の元素の中に留まった。そしてそこから水に棲む動物と鳥とが創造された。一方、湿気を媒介として、その生命の熱は当然地上のものにまで至り、それから陸に棲む動物が創造された。それらの数の中の一つとして、人間は神に「かたどり、神に似せて」造られた。」
●(火→空気→水→土→生命→人間)
生命を一種の熱エネルギーとして理解する、進化論を思わせる創造論
(1)神の創造の業は原初の質料[4元素]に限定される。自然の形成には火が工作者として働き、自然の展開の過程は完全に自律的で、自然学上の原理のみによって合理的に説明される。
(2)工作者として働きかけ、秩序づけるのは主の霊である。
(3)世界霊魂とはキリスト教における聖霊のことである。
(4)この世にある実体の原因は作出因である神(父)、形相因である神の知恵(子)、目的因である神の慈愛(聖霊)、質料因の4元素である。この4元素を天地と呼ぶ。
●アリストテレス四原因説の援用:シャルトル学派には理性と霊性との間で振幅する躊躇がある。
●「12世紀のプラトン的イデア論は、主としてシャルトル学派に代表される。『ティマイオス』の宇宙論は、シャルトルのティエリ『六日間の業』にある天地創造の記述にも現れるが、こういう説は、アリストテレスの自然学の勝利を目の当たりにして時とともに姿を消した。」(ハスキンス『12世紀ルネッサンス』283~284P)

D) ヒルデガルトの理解
①宇宙卵(スキヴィアス第一部第三の幻視)
「第三の幻視では万物が重層構造をもつ卵のような形で示される。最も外側の燃え盛る炎からなる層は、万物を貫きつつ自らの内に包含する全能の神を表す。この層の内側にあり、すべてを照らす太陽はキリストの象徴である。」(ⅠC)③に同じ:スキヴィアス1-3)
●ローターのごとき宇宙卵のイメージ:コンシュのギヨーム『宇宙の哲学』でも宇宙は卵にたとえられる⇒ル・メートルのビッグバン理論
②「世界が創造される以前から神は居られ、そして今も居られる。神に始まりはない。神はかつてもそして今も、光であり、輝きであり続ける。神は命であった。神が世界を創造しようという意思を抱いたそのとき、神は世界を無から創造した。世界を造る素材は、神の意思の中にあった。」(『病因と治療』1世界の創造)
③「最初に神が、光あれ、とおっしゃって光が現れたとき、創造の手段と母体(materia)は愛だったからである。」(86 書簡30)
④「車輪が外輪以外をもたなければ空虚であったに違いない。・・・父性とはすなわち車輪の充満を意味する。神性はその内にある。そこからすべては生まれ出ずる。」(『病因と治療』1・2)
⇒円周は神の父性、その中心は神の母性である。
●ヒルデガルトにおけるmateria(物質・源・原因)=mater(母・源)=matrix(子宮・源)=母性のイメージである。
⑤バーバラ・ニューマン「創造主という父性的イメージが神の超越を強調する傾向にあるのに対して、ヒルデガルトのサピエンティアは、母性的創造主[クレアトリックス(CREATRIX)]として、高みから被造物に命令を下したり、生成途上の世界を万能の手でこねあげる不動の支配者ではなく、宇宙に内在することによって内側から宇宙を創造し、軽やかな循環的な運動のイメージで現れる」(『ヒルデガルト・フォン・ビンゲン』88P要約)
●「物質の創出・宇宙の創造それ自体が神の現れ(THEOPHANIA)であり、女性的なるものの目的は、この世に神を現すことにある」(同上181)
―父性である神の言葉を孕み、物質化して宇宙を産み出すものとしての神の母性[子宮]
宇宙は神の現れである。

■まとめにかえて
①「世界霊魂」という概念を必要としなくなるまでに、自然学的説明に徹底してゆく。自然の内発的な展開を神はその創造の時点において自然そのものに組み込むというかたちで、「世界霊魂」という中間的・媒介的概念を不要なものとした。(『宇宙の哲学』神崎繁による解説より)
②のちの近代的合理主義と近代科学の胎動期である12世紀は、物質-自然-肉体を自然学的で自律的な運動によって説明することを通して、霊からの離脱―神からの離陸を開始する時期もあった。霊性と理性をめぐる世紀内振幅としての12世紀は、おずおずと身体性を回復してゆく代償として、「ヤコブの階段」を自らはずし始めた時代でもある。
③この時代にあってヒルデガルトは辛うじて、霊と肉体の全体性に踏みとどまつ独自の体系をもった人であろう。

■補追
遠藤周作が、「母の宗教」「父の宗教」というエーリッヒ・フロムの概念を用いながら、自分のキリスト教の根底にある「罰し、怒る神」としての「父の宗教」に対する違和感を、『沈黙』の主題として説明している。(「異邦人の苦悩」)
「おそらくイエスもこの母なる川のない土地に生まれた宗教に育ちながら、母なる川のないことに苦しまれたに違いないと、私は思うのである」(同上 153P)
「母なるもののイメージを自然のなにかに結びつけるのは汎神論のひとつのあらわれであるが、同時に東洋人の宗教心理の特徴であるように私には思われる」(「ガンジス河とユダの荒野」165P)
「東洋人の宗教心理には「母」なるものを求める傾向があって、「父なるもの」だけの宗教にはとても従いていけないというのが私の持論である」「旧約聖書的な父の宗教との隔たりをいつも感ぜざるを得なかった」(168P)という述懐は、遠藤のキリスト教理解を端的に物語っている。
この日本的・東洋的精神点の深部に向けて、ヒルデガルト「女性性の神学」を紹介することの意義は、今なお大きいのではないか。
●エリザベート・ゴスマン:「ヒルデガルトの、アジア的ともいえる自然理解」

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資料

Ⅰ 同時代の思想(シャルトル学派)
①ベルナルディス・シルヴェストリス(1100-1160頃)
「大宇宙たる自然は調和した生ける自然で、この生ける自然の秩序を模範として、人間の魂は身体と結合され、大宇宙の調和が小宇宙たる人間に移される。従って人間の自然も秩序ある有機体として健全であり、生殖器官は世代が持続し混沌に戻ることのないよう、死と闘う武器、種を持続するものである」(『宇宙形状詩』)―ヒルデガルトに近似したマクロコスモスとミクロコシモス)
②リールのアラン(1125-1203)
「人間の性本能は人類の維持のための力であり、原罪の結果ではなく、秩序を乱さない限り悪ではない」(『自然の嘆き』この項「12世紀のおける自然」柏木英彦)
③アンドレ・ル・シャプラン(生没年不詳)
「純粋な愛と肉の愛は異なる感情のように見えるだろうが、よく見れば、純粋な愛はその本質において身体の愛に似ており、同じ感情から生じたものと考えることができる。このふたつの愛の本質は同じものだが、それぞれ愛し方が異なるのである」
④コンシュのギヨーム(1090-1152頃)(『宇宙の哲学』⇒『ドラグマティコン』)
1)「だが諸元素が均等な仕方で寄り集まった部分から人間の身体は造られ、これが聖書に「神は土の泥から人間を造った」(創2-7)と言われているのが意味していることである。というのも、魂は霊であり、軽く清らかなものであるから、不浄なものから造られるとは考えてはならず、むしろ神から与えられたものと考えなければならない。そのことを、「神は土の泥から人間を形づくり、その顔に生命の息吹を吹き込んだ」と聖書は述べている。こうして、さまざまな黒胆汁質の動物や無数の粘液質や胆汁質の動物が造られたなかで、人間(男)は唯一独自である。」
2)「だが、たとえ少々欠けるところがあるにしても、均等に近いなんらかの調和を保ったもの、つまり女性の身体が土の泥のようなものから造られたというのはありそうなことである以上、女性は男性のような調和を保っているかという点で、男性と完全に同じでも、完全に異なるものでもない。というのも、もっとも温かい女性といえども、もっとも冷たい男性より冷たいからである。」
「神は女性をアダムの肋骨から造った」(創2:21)と聖書に記されているのは、このことである。というのも、神が最初の男性の肋骨からとったということを文字通り信じるべきではない。」
3)(アダムとエヴァだけでなく)「男性も女性も複数造られることが可能であったし、依然として可能であるはずだと主張する者がいるかもしれない。われわれとしては、もし神の意思があれば、それは真実であると言おう。」(3巻13「生き物と人間の創造」)

■参考:プラトン『ティマイオス』 
「そして全体を構成してしまうと、それを星の数だけの魂に分割し、それぞれの魂をそれぞれの星に割り当て、ちょうど馬車にでも乗せるようにして乗せると、この万有の本来の相(すがた)を示して、彼らに運命として定められた掟を告げたのです。・・・そして、魂はそれぞれにとってしかるべき、それぞれの時間表示の機関(惑星)へと蒔かれ、生けるもののうちでも、敬神の念最も篤きもの(人間)に生まれなければならない。しかし人間の性には二通りあるが、その優れたほうのものは、のちにはまた「男」と呼ばれているであろうような種類のものである。」(58P)

Ⅱ サピエンティアーエクレシアをめぐって
A) 旧約聖書における知恵
●知恵[愛2013/04/13calitas・憐れみmisericordiae]は旧約の荒々しく人を裁き罰する父性としての神に対して、優しい母性を対置する。
①知恵の書
1)「あなたはことばによってすべてを造り、知恵によって人を形造られた」(知恵の書9-1)
●知恵との響き合いこそが、他の動物と区別された人間性の根拠であること。
⇒ここでは「知恵」は「理性」に同じである。
2)「知恵はどんな動きよりも軽やかで、純粋さゆえにすべてに染み込み、すべてを貫く。知恵は永遠の光の反映、神の働きを映す曇りない鏡、神の善の姿である」(知恵の書7-24~26)
●知恵は内在的で軽やかな運動性をもち、鏡のように従順性―受容性をもつ女性として描かれる。
3)「私は神の玉座のもっとも愛らしい連れ合いです。・・・私は王の結婚の臥所を守り、神の所有になるものはすべて私のものであります」(知恵の書9-4)
●旧約聖書における女性的ペルソナである<知恵>(ラテン語では女性名詞)は、非常に早くから男性のキリストと同一視されてきた。
「神の知恵であるキリスト」(1コリ1-24))
●「知恵は隠れた神を啓示する。知恵は創造の衣である。」
―サピエンティアとは創造主の愛の顕現(エピファニア)であり、神の花嫁―神の言葉を映し出す生ける鏡-泉である。

B) ヒルデガルトにおける「神の知恵と人の知恵」
①「かくして神の霊は、彼の被造物すべてに配られている生ける泉であり、被造物は神から生命を得て、神を通じて生命性を所有するのです、水に映る影のように。そしていかなるものも自分がどこからきているかをはっきりと見ることができません。おのおの、自分を動かしているものをただ感じるだけなのです」(『神の御業の書』Ⅲ 8.2)
●霊の動きとは本来自分が帰還するところへの感受性である。 
●知恵の姿は『スキヴィアス』第3巻で初めて現れる。
②「創造主は被造物をお造りになったとき、それを美しく飾られました。なぜなら創造主は被造物をおおいに愛しておられたからです。・・・私は創造主と被造物の互いの愛を、神がその内に男と女を結び合わせて子供たちを産ませる愛と誠実になぞらえます。・・・(被造物が創造主の愛に答えようとするのは)ちょうど女が夫を頼り、夫が求めるものをかなえ、夫を喜ばせようと努めるのと同じです」(『生の功徳の書』39)
③「おお、知恵の力よ、あなたは宇宙を包み込み、あなたの3つの翼で、ひとつの生ける軌道を描きながら、万物を抱きしめられた。ひとつの翼は空高く舞い上がり、一つの翼は大地の本質を蒸留し、3つ目の翼はいたるところに漂う」(セクエンティア8)
④「私(カリタス)はあらゆる生ける火花を点火した至高の火の力、私が息吹を与えたもので死んでいるものは一つとてない。・・・私は神の本質をなす火の命・・・そして空気のような翼により、目に見えない生命の力をもって万物を活気づける」(『神の御業の書』)⇒主語はカリタスだが知恵に同じ
●「ヒルデガルトがサピエンティアあるいはカリタスと呼ぶものは、聖書の知恵文学[箴言8章「知恵の勧め」・知恵の書7~8章・ベン・シラの知恵の書[集会の書]24章等に負っている。
―女性神秘家としては「雅歌」からの引用、影響がないことは特筆すべきである。」

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johanusuda

Author:johanusuda
臼田夜半
鴨川市在住
著作『病という神秘』(教友社)
  『ネロの木靴』(地湧社)
  『聖ヒルデガルトの病因と治療』(ポット出版)
制作『いのちの大切さ』
(文部科学省学習支援ソフト)

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